洋楽情報・来日アーティスト・セレブファッション情報なら ナンバーシックスティーン

LIAR

Genre Radio

日本人カバーソング特集

日本人カバーソング特集


<特集 – 日本人カバーソング特集>
高校生のダンスに楽曲が使われたことで再ブレイクを果たした荻野目洋子。
彼女の代表曲「ダンシングヒーロー」は、イギリスのシンガー、アンジー・ゴールドのナンバー。そんな日本人がカバーした洋楽を特集。

icon-angle-double-right レイフ・ギャレット

icon-youtube-play NEW YORK CITY NIGHTS icon-music LEIF GARRETT

アメリカ、カリフォルニア出身の俳優・シンガー、レイフ・ギャレット。
テレビの子役で人気が火がつき、その後アイドルとして70年代後半から80年代にかけて活躍した。1978年にリリースされたアルバム『FEEL THE NEED』に収録された「New York City Nights」は、1980年、トシちゃんこと田原俊彦さんのデビューシングル「哀愁でいと」としてカバーされ日本で大ヒットを記録した。

icon-angle-double-right リッキー・マーティン

icon-youtube-play LIVIN’LA VIDA LOCA icon-music RICKY MARTIN

プエルトリコ出身のシンガー、リッキー・マーティンによる1999年の大ヒット曲。前の年、1998年にFIFAワールドカップ・フランス大会の公式ソング「Cup Of Life」を歌ったことで、スペイン語圏だけでなく世界的な認知度が高まり、この「LIVIN’ LA VIDA LOCA」の大ヒットにもつながっている。なお、ワールドカップ・フランス大会は、日本代表が初めて出場したワールドカップ。
そして、同じ年、郷ひろみさんが「GOLDFINGER ‘99」というタイトルでカバーし、こちらも大ヒット。サビの「アチチアチ」のフレーズや、キレのあるダンスなどで注目を集めることとなり、まさに彼にとっては再ブレイクのきっかけとなった1曲ではないだろうか。

icon-angle-double-right ナッティプロフェッサー2

icon-youtube-play DOESN’T REALLY MATTER icon-music JANET JACKSON

2000年、ジャネットGA女優として出演した映画「ナッティプロフェッサー2」の主題歌として提供されたナンバー。この曲は当時のオリコン洋楽シングルチャートでも1位を獲得するな日本でもヒットした。
この曲を日本語でカバーしたのが、演歌歌手としてデビューしていた島谷ひとみ。「パピヨン」というタイトルで、テーマはアジアとなっており、楽曲が完成した当初、ジャネットサイドは、原曲のイメージとかけ離れていると、リリースに難色を示したそうだが、ジャネット本人がOKをした結果、無事リリースされたということ。

icon-angle-double-right タカブロ

icon-youtube-play TACATA’ icon-music TACABRO

イタリアのユニット、タカブロが2012年にリリースした1曲で、26の国でチャート1位を獲得するなど、ヨーロッパを中心にヒットしたナンバー。日本でもYouTubeなどで「空耳ソング」として話題になっていたところ、メンバーの一人が育休に入り、3人で活動再開したMAXが、3人体制初のシングルとして、この曲をタイトルもそのままで日本語でカバーした。
本来、タイトルの「Tacata’」は、「女性の腰の左右の動き」を意味するタカブロによる造語だったそうだが、MAXは「人と人をつなぐ魔法の言葉、それがタカタ」と歌っている。何はともあれ、意味不明だがクセになる1曲だ。

icon-angle-double-right ジョー・イエロー

icon-youtube-play U.S.A.  icon-music JOE YELLOW

イタリア出身のシンガー、プロデューサー、ドメリコ・リッキーニの別名義の一つ、ジョー・イエロー。ドメリコは、他にも「バンダナ」や「ボブ・サルトン」といった名義でも活動していた。
そんなドメリコが1992年にジョー・イエロー名義でリリースしたユーロビートのシングルが「U.S.A.」。そしてこれを2018年に同じタイトル「U.S.A.」としてカバーしたのが、DA PUMP。その特徴的なダンスはもちろん、ヴォーカル・ISSAの歌唱力にも改めて注目が集まり、大ヒットとなった。

洋楽専門情報WEBマガジン ナンバーシックスティーン

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です