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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

また知らない曲やアーティストを知るきっかけにもなる、ラジオは音楽との出会いがたくさんあるメディアなのだ。

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

ラジオの番組制作で私が出会った様々な音楽たち

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

私は普段ラジオの番組制作をしているわけだが、放送で聴く音楽、とりわけラジオで聴く音楽は自分で選んだ曲ではない、ということが一番の醍醐味だと私は思う。ふと耳に入ってきた時に聴く音楽が、その時の自分の気分や心情に妙にはまったり、過去の思い出が甦ったり、といったような経験はないだろうか。また知らない曲やアーティストを知るきっかけにもなったり、ラジオは音楽との出会いがたくさんあるメディアなのだ。

番組を制作している私自身にもそんな音楽との出会いがある。アルド・チッコリーニの『ワルツ選集』がそうだった。チッコリーニは1925年生まれのイタリア人ピアニスト。若い時からたくさんの録音を残しているし、来日して様々なレパートリーを弾いていたので、もちろん認識はしていたけれど、特に好きなピアニスト、というわけでもなかったし、私にとってはどちらかというと印象が薄い存在だった。ある時、衛星放送ミュージックバードの「ニューディスク・ナビ」という新譜を紹介する番組で彼の晩年の新録音を紹介する機会があった。その時にディスクを改めて聴いてみて、そのふくよかで優しいピアノの音色にいっぺんで心を奪われてしまった。「チッコリーニってこんな音を奏でる人だった?」という感じ。彼は惜しくも2015年に亡くなってしまった。そのせいだろうか、このアルバムを聴き終わった時に感じる幸福感は同時にまた切なさに包まれている。でも最後にこんな素敵なアルバムを残してくれたチッコリーニに感謝したい。アルバムに収録されている曲はシャブリエの『アルバムの綴り』から始まって、グリーグの『思い出』、ピエルネの『ウィーン風』やタイユフェールの『ヴァルス・レント』などありきたりのワルツ集でないところがなんとも素敵な選曲だ。なかでも私が好きなのはセヴラックの『ロマンティックなワルツ』だ。

デオダ・ド・セヴラックは私が番組制作するようになったのをきっかけに聴くようになった作曲家だ。フランスの作曲家で故郷のラングドック地方の音楽を取り入れた作風はどこかのどかで、懐かしさを感じさせる。ドビュッシーは『土の薫りのする素敵な音楽』と評価しているし、音楽の中心地パリではなく南フランスで活動し、『田舎の音楽家』と呼ばれることを彼自身好んでいたという。このワルツもそんな牧歌的な風景の中で生まれた美しい小品だ。

icon-youtube-play Grieg – Op.71 No.7 Remembrances

icon-youtube-play セヴラック/休暇の日々から 第1集 8.ロマンティックなワルツ

ラジオ番組という限られた時間の中で音楽を選ぶにはどうしても小品を選ぶ機会が増えることになる。そこにもうひとつ重要なのが『標題』である。これはクラシック音楽業界にありがちな裏話的なことだが、クラシック音楽には標題音楽と絶対音楽があり、視覚的なイメージと結びついた標題音楽は楽曲のイメージをつかみやすい。ウェブサイトなどでリスナーに紹介するにもわかりやすいということがあり、セヴラックは楽曲の美しさもさることながら、そのタイトルを見ているだけで『古いオルゴールが聞こえるとき』『夾竹桃の樹の下で』『鳩たちの水盤』などなど、どんな曲なんだろう?とイメージをかきたてられる。よく「ジャケ買い」などと言うが、まさに「タイトル買い」なんていう言葉がはまりそうだ。

icon-youtube-play セヴラック/休暇の日々から 第1集 7.古いオルゴールの聴こえるとき

もうひとつ、番組で出会った音楽をご紹介しよう。今年生誕100年を迎える作曲家ウィリアム・ギロックだ。先日、私の担当するFM番組「SYMPHONIA」でこのギロックの作品集を揃ってリリースした3人のピアニストを迎えてのゲスト収録があった。小原孝さん、熊本マリさん、三舩優子さんという日本を代表するピアニスト達だ。ギロックは音楽教育者として、とりわけピアノ学習用の楽曲を数多く書いているが、日本においてとても人気が高い。彼に直接指導を受けた人達が熱心に広めて楽譜を出版したことも大きいが、ただ指の練習用といった内容にとどまらず、バロック風、ジャズ風、はたまた印象派風、と様々に楽しく弾けるような工夫がされているのだ。この辺りはアメリカの作曲家らしい味付けだ。また3人のようなプロが弾くことによって、音楽的魅力が引き立てられる今回のギロック作品集なのだが、3人ともアルバムの最後に『ハッピーバースデー・トゥー・ユー』を収録している。これは有名なあのメロディーをギロック風にアレンジしたものなのだが、三舩さん曰く「リストの『愛の夢』のような」ロマンティックかつドラマティックな楽曲になっている。番組では3人の演奏を聴き比べるという趣向でお送りしたが、テンポも雰囲気もそれぞれの個性が出ていて非常に面白かった。

icon-youtube-play Takashi Plays Gillock(ギロック生誕100年プロジェクト)

icon-youtube-play Mari Plays Gillock(ギロック生誕100年プロジェクト)

icon-youtube-play Yuko Plays Gillock(ギロック生誕100年プロジェクト)

ラジオの番組制作で私が出会った様々な音楽、これが番組を聴くリスナーやこのコラムを読んで頂いている方にも新たな音楽との出会いになってくれればいいな、と思う。もともと自分がピアノをやっていたこともあるのか、今回はピアノ曲ばかりになってしまったが、折に触れて他のジャンルもご紹介していきたい。そしてより多くの人に音楽との偶然の出会いを楽しんでほしい。

それでは次回も、クラシック音楽の魅力をご紹介していきたいと思います。お楽しみに。

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