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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

映画『メッセージ』とポスト・クラシカル

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

音楽コラムなのにいきなり映画の話で始まるのをお許し頂きたい。しかもとうに公開が終わっている映画『メッセージ』についてである。私が腰の重いタイプだというのもあるが、これに関してはじっくりと反芻する時間が必要だったのだ。そしてこの映画に使われる音楽との関係について書いてみたい、とずっと思っていた。

icon-youtube-play 映画『メッセージ』予告編

映画は短編小説『あなたの人生の物語』が原作のSFドラマである。『プリズナーズ』『ボーダーライン』などの作品で知られるドゥニ・ヴィルヌーヴが監督した。地球外生命体と人類とのいわゆるファースト・コンタクトものであるが、この映画のありきたりでないところは、未知で得体のしれない地球外生命体と人間との戦いを描いているわけではないところだ。原作小説のタイトルにあるように、それは極めて個人的なコミュニケーションにも通じる問題を提示している。もちろん個人の集合体が家族であり、組織であり、国家であるわけなので、そのすべてに通じる問題でもあるのだが。

一人の言語学者である女性がこの物語の主人公だ。地球上に同時多発的に数体の未知の宇宙船が飛来する。彼ら地球外生命体のメッセージを解読する為に彼女は国家の極秘プロジェクトの一員として召集される。そこで宇宙人とのコミュニケーションをはかっていく。このコミュニケーションの中で彼女の個人的な人生も同時に振り返ることになる。私はテッド・チャンの原作も読んでみたが、映画ではそのスケールの大きな映像美にも目を奪われてしまうが、小説は主人公ルイーズの視点がより大きくクローズアップされ内省的だ。映画の詳しい内容と解説についてはここでは省くが、私達人間は良くも悪くもある概念の下で日々生活している。最も基本的な概念とは、時間は過去から未来へと進んでいく、という時間的概念。またその文法によって育まれる人種的な思考、といった言語的概念。様々な概念が私達を取り囲み、それらが摩擦を起こすことによって争いや破壊が生まれるのだ。この映画の「メッセージ」はまさにそれを警告している。

映画にはいわゆるポスト・クラシカル系の音楽家二人の作品が使われている。一人はアイスランドの作曲家でキーボード奏者のヨハン・ヨハンソン。また全編のイメージを彩っている音楽はドイツの作曲家マックス・リヒターの『On the Nature of Daylight』。タイトルも意味深で哲学的だ。特にリヒターの楽曲がこの映画のテーマと非常にシンクロしていて、妙に惹きつけられる。弦楽の響きが同じフレーズを繰り返していくミニマル・ミュージックの手法は、時間や言語の概念を超えた存在を表しているかのようだ。

icon-youtube-play Johann Johannsson – IBM 1 (Official Video)

icon-youtube-play Max Richter – On the Nature of Daylight

このポスト・クラシカルとは近年注目を集めているジャンルの音楽だ。従来アンビエント・ミュージック、クロスオーバーなどと呼ばれていたものが、ヴァイオリニスト、ダニエル・ホープなどクラシックの一流奏者達がこぞって取り上げることで確立したジャンルになりつつある。伝統的な楽器(主にピアノ、弦楽器)や奏法を使いながらも、電子音楽(エレクトロニカ)の手法も取り入れた音楽は特に欧米で高い支持を得ている。比較的聴きやすいサウンドはクラシックが苦手という若い人にも馴染みやすいかもしれない。映画『メッセージ』では主人公ルイーズの人生が映像でフラッシュバックする。音楽は彼女の感情の揺れ動くさま、時間の変化、時に未知とのコミュニケーションに対する不安や怖れを感じさせて非常に効果的だった。

icon-youtube-play Daniel Hope plays “Schindler’s List” Theme,ECHO Klassik 2006

このように映画や映像とのコラボレーション作品も多いポスト・クラシカル。そもそも『ポスト・クラシカル』という言葉はマックス・リヒター自身が初めに使いだしたらしい。旗手リヒターはドイツ出身だが、『メッセージ』のサウンド・トラックを手掛けたヨハン・ヨハンソンはアイスランド。オーラヴル・アルナルズなどもそうだがアイスランド勢は一つの潮流だ。また元祖ともいえるイタリアのルドヴィコ・エイナウディ、その他にもニコ・ミューリー、ユップ・ベヴィンなどコンポーザー・ピアニストが多い。従来のクラシックの枠に収まりきらない彼らの音楽ではあるが、しかしとても静謐で穏やかな作風なのが特徴で、BGMとして聴いたり、映像とマッチングさせることでよりその世界観が浮かび上がる。代表的なアルバムとしては究極のBGM、リヒターの眠りのための音楽『SLEEP』。またアルナルズの故郷アイスランドの旅から生まれた『アイランド・ソングス』は様々な要素が詰まった、これも非常に映像的な音楽。アルナルズはビョークや坂本龍一など世界的な音楽家の評価も高い注目のアーティストだ。

icon-youtube-play Max Richter – Sleep (Album Trailer)

icon-youtube-play Ólafur Arnalds – Árbakkinn ft. Einar Georg

日本では安室奈美恵が引退を発表した。沖縄出身である彼女が特定の政治的概念の渦の中に飲みこまれてしまうのか、という考えも頭をよぎる。世界の不穏な空気の中で今、映画『メッセージ』の意味をもう一度考えてみたいと思う。秋の夜長にポスト・クラシカルを聴きながら。

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