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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

音楽を超えるもの

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

ここ最近、いろいろな形で印象的な音楽との出会いがあったのでここに書いてみようと思う。それらを一言でいってしまうと「クロスオーバー」というものなのかもしれない。しかし単にアコースティックな楽器で流行りのポップスを演奏しました、といったものではなく、ここで私が体験したのは真の意味で何かを超えた音楽、そうはっきりとした確信が持てる音楽、というものだ。

まず始めの体験はTOKYO FM内にあるレコーディング・スタジオ「イリス」での録音現場。そこで演奏したのはジャズピアニスト野瀬栄進さん。野瀬さんはニューヨークで活躍する実力派で、しかもこのスタジオ初のハイレゾ録音ということで見学をさせてもらった。まず野瀬さんの奏でる音楽がもはやジャズを超えた作風だったのに驚いた。まるでジョン・ケージか、クルタークか。プリペアド奏法も使い、少し緩やかな曲では武満徹のようなみずみずしい叙情性もあり、自由自在に音が紡ぎ出されていく様子は素晴らしかった。ハイレゾという高精細なサウンドでこれが再現されると、よりこの世界観が広がるだろうと思う。これはミュージックバードの放送で7月にオンエア予定とのことなので、今から楽しみだ。

icon-youtube-play 野瀬栄進

もう一つもジャズピアニストによる演奏。バッハをフィーチャーしたアルバム、ブラッド・メルドーの「After Bach」である。タイトルの通りヨハン・セバスティアン・バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の中のいくつかの前奏曲とフーガをモティーフにメルドーがインプロヴィゼーションで展開していく。彼がオリジナルの前奏曲とフーガの中からどういう基準で選んだのかはわからないが、なぜか全て私が個人的にも好きな曲ばかり。1曲目にはメルドー自身の「Before Bach : Benediction」があり、続いて平均律第一巻の第3番嬰ハ長調の前奏曲がオリジナルのまま演奏される。子どもの頃から私自身も弾いていて大好きな前奏曲だ。嬰ハ長調という調性がどこか天国的なムードでふわふわとした雲の上で戯れるようだ。次に同曲のメルドーによるアレンジ。これがまた原曲のふわふわ感にビターな飴がけを施したかのような味わいで聴かせる。多くのジャズピアニストがそうであるようにメルドーもクラシックの下地が充分にある。だとすればピアニストにとって『旧約聖書』ともいうべきこのバッハの曲集を選んだのは、メルドーには何か大きなフックがあったに違いないと思うのだ。そしてそれはここに聴く演奏が物語っている。私は静かな音の世界の中に滲み出る自信と挑戦的なものを感じたのだった。

icon-youtube-play ブラッド・メルドー

3つ目は私の担当する番組でも紹介した、鎌倉を舞台にした音楽祭「レゾナンス」での体験である。最終日のコンサートは覚園時というお寺の境内で行われた。観光客でにぎわう駅の雑踏を抜けて歩くこと30分。人通りもまばらになってきた民家の連なる道を行くとそこにお寺の門が見えてくる。中に入ると苔生した中庭にその舞台があった。舞台といっても少し広い庭の中のスペースで、大きな木が2本舞台の柱のように佇んでいる。少し駅を離れるとこんなにも自然豊かな風景が見られるのか、と驚きながら舞台を囲む木の椅子に腰掛けて始まりを待つ。

やがて木の陰から一人の男性がゆっくりと歩いてきた。黒い作務衣風の衣装に草履を履いた西洋人の背の高いその男性こそ、バリトン歌手のアリスター・シェルトン=スミスさんであった。そして歌い出したのがジョン・ケージのエクスペリエンス第2番。無伴奏で歌われるその歌声はコンサートホールのように朗々と響き渡るわけではない。しかし緑の風の中で伝わってくる歌声はなんと穏やかで耳に心地よく聴こえてくることか。やがて白い衣装を纏ったダンサーの和田淳子さんが現れ、まるで森の精霊のように裸足で舞うパフォーマンスがその場の空気を浄化する。更に吉井瑞穂さんのオーボエが美しく鳴り響く。演奏されたのがテレマンというのが意表をついていた。しかしいきなり異空間に招き入れられたような感覚だった私たちにテレマンの無伴奏曲は落ち着きと安心感を与えてくれた。その後にまた歌とダンスとオーボエと、最後は三味線による荻江節。一見ちぐはぐな組み合わせのようにも思えるが、これが新緑の舞台と、もはや音楽的にさえ聴こえる鳥のさえずりと、木々を渡る風の中で一体となり、それはコンサートホールで体験するのとは別の次元の世界へと導いた。後半はお寺の本堂の中で行われ、その頃には私たちもすっかりこの世界に引き込まれていた。バーバー、ベリオ、タネジといった現代作品を取り入れ、室内という凝縮された空間での密度はよりいっそう増したことは言うまでもない。

icon-youtube-play ジョン・ケージ:エクスペリエンス第2番

icon-youtube-play テレマン:無伴奏オーボエのための12の幻想曲より第3番

icon-youtube-play 荻江節

プログラムの中にあったシェルトン=スミスさんの言葉によると、この日の主題は「常なるもの」と「常ならぬもの」。異質のものが出会った時、時としてそれを超えたものが生まれる。音楽と音楽。そしてそれを超えるもの。目の当たりにした3つの体験は私にとって忘れがたいものになった。

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