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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

音楽が象徴する女性像

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

前回のコラムから引き続き生誕100年のベルイマン特集上映についての映画鑑賞日記。1960年代に作られた彼の中期の傑作「神の沈黙」三部作はモノクローム映像で信仰と愛がテーマだった。この三部作以降、女性をクローズアップした作品が多くなり、カラー映像となることでベルイマンの映像作家としての作り方も少し変わってくる。

まず当時を考えるととんでもなくアヴァンギャルドな一本「ペルソナ/仮面」。この作品はまだモノクロだが、予備知識もなしに観ると冒頭のフラッシュ映像に度肝を抜かれること必至である。まるでデヴィッド・リンチか?と見紛うような。映写機、遺体、老婆、蜘蛛、釘を打ち込まれる掌、解体される羊、男性器など衝撃的な画が矢継ぎ早に映し出され、完全に持っていかれる。モティーフにキリスト教的なものが含まれるのが暗喩的だが、一見ストーリーとは無関係のように思わせて実は大いに関わりのあるこれらの意味が最後に明らかになる。

失語症になった女優の看護を担当する女。彼女は病院理事長の計らいで、個人の別荘で女優と二人で過ごすことになる。口を開かない女優に看護婦は個人的な体験を語り続ける。いつしか病人と看護婦というシチュエーションは親友のような関係になってゆく。しかし看護婦の語る奔放な性体験と堕胎のエピソードをきっかけに二人の感情がぶつかり合う。同時に女優と看護婦の人格が重なり合っていく。やがて映像には看護婦が一人で別荘を去ってゆく様子が映る。そして看護婦は女優の抑圧された人格だったことが仄めかされる。そうして初めて冒頭のフラッシュ映像の意味がパズルのようにはまるのだ。観終わった後の、してやられた感!

icon-youtube-play バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番第2楽章

「叫びとささやき」は更に女性の内面を描いた傑作である。この作品はカラー映像だが、それを存分に意識したベルイマンの画面作りに唸らされる。なにしろ目に飛び込んでくるのが「赤」だ。19世紀末頃の屋敷を舞台にそこにある調度品や邸宅の壁の色、女が自らを傷つけて流す血、顔のアップで切り替わる場面も「赤」。それと対比するように姉妹たちが纏うドレスの無垢な「白」。

病に苦しむ次女のもとに長女と三女がやってくる。次女は癌を患い死が近付いている。それぞれが母親との関係を回想してわかるのが、感情をコントロールした冷酷な長女の屈折した心理。表面的な優しさに見え隠れする三女の自己愛。次女の世話をする召使いの女は幼い娘を失くしており、彼女だけが行き場のない母性で次女を受け止める。次女はやがて亡くなるが、まるでキリストが復活するかのように亡霊となって姉妹に語りかける。その時に姉妹の本心が明らかになる。真に恐ろしきは女だということを思い知る。

icon-youtube-play ショパン:マズルカ イ短調Op17-4

「秋のソナタ」でもやはり描かれるのは女性の葛藤。あの大女優イングリッド・バーグマンが圧倒的な存在感でピアニストの母親を演じる。華やかな母親のもとで寂しさと劣等感を募らせる娘。大人になってもそれが拭えず、障害を持つ妹の存在をきっかけに起こる、母と娘の壮絶なまでの愛情のすれ違い。それを傍観する娘の夫はなす術がない。これもやはりベルイマン自身なのではないか?

icon-youtube-play ショパン:前奏曲イ短調Op28-2

ベルイマンは「神の沈黙」を描いたあと、救いを求めるかのように女性を描き続ける。それは神への失望を女性で埋め合わせようとするかのごとく。しかし女性の中にあるのは聖母マリアのように全てを受け入れる「母性」だけではない。母娘や姉妹の間には常に女としての対立があり、肉親だったり親友だったり、近い存在であればあるほどそれはより根深く、捻れを起こす。それが女性の複雑さでもあることを、多くの恋愛遍歴を重ねたベルイマン自身が発見したのかもしれない。私も含めて女性はそのことを自覚しているから、こうした映画は自分の内面を暴かれるようでいささか居たたまれない感じさえある。明らかにベルイマンは神との対峙から女性の内面の探求へと変わったのだ。

ベルイマンの半生をそのまま物語にしたような「ファニーとアレクサンデル」もノーカット5時間バージョンで観ることができた。なにしろ5時間ということで最初は怯んだが、ワーグナーのオペラを観るようなものだ、と自分に言い聞かせて臨んだのだが、実際観始めるとあっという間だった。少年の目線で撮られているので恐ろしい場面もどこかファンタジックな感覚になる。ベルイマンのコンプレックスの源となる、絶対的な権力を持つ主教がやはり登場するが、ここではようやく、どこか俯瞰して父親を見ているような気がした。母親という顔を持ちながら女性としての弱さも合わせもつエミリーや、それを見守る義母ヘレナ、小悪魔的な召使いの少女マイ、マイと関係を持ちながら悪びれない夫を容認する妻アルマなど、その女性の描き方は実に多彩だ。

icon-youtube-play シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調Op44第2楽章

後期の作品には音楽もバッハだけではなく、ショパンやシューマンなどロマン派の音楽が多く使われている。ショパンのマズルカや前奏曲は殊に旋律的で甘美で、その音楽が揺れ動くさまは、まるで女性を象徴するかのようだ。

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