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2つのピアノリサイタルと演奏のアプローチ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

銀座の王子ホールで高校時代の友人がピアノリサイタルをやるというので、開演前に友人らと久しぶりに顔を合わせて食事もすることになった。

その日集まった音大の付属高校時代のメンバーはかつてピアノ科の生徒で、今では結婚して家庭を持ち、自宅などでピアノのレッスンをする人がほとんどだ。私はというと一応大学では教職もとったが、基本的に人に教えるということは苦手。マイペースな性格もあってやや道を外れ、紆余曲折を経てラジオ業界という、同級生らにとってはよくわからない世界であくせく働いているアウトローな存在なので、彼女たちの話に耳を傾けていると、普段と違った話が聞けてなかなか面白い。

具体的なピアノの教育現場での話で印象深かったのはバッハを弾けない子どもは集中力や学習力、時間を守る、といった基本的な行動がおろそかになりがち、ということだった。ピアノ学習者が必ず学ぶのはバッハの「インヴェンションとシンフォニア」だが、なるほど多声部を意識する耳や、それを音にする運指法、曲の構造全体を捉える能力など、バッハの音楽には教育にも必要な要素が詰まっているのだ。

icon-youtube-play バッハ/インヴェンションとシンフォニア

子どもにピアノのレッスンをする、ということの難しさ、大変さはそれぞれの子どもの資質もさることながら、彼らの両親の意向やら、家庭の事情といったこともあるし、なかなか一筋縄ではいかないらしい。そもそも趣味程度でピアノを弾けるようになればいいのか、或いは将来演奏家となるべく音大を目指すのか、というところでレッスンの方向性も真剣さも変わってくるのは当然だ。また少し気になったのは音大に入ることを目標にした場合、その後どうするのかというビジョンが欠落しているということも多い点である。自分自身も音大在学中はそんな意識があまりなかったので自戒も込めて思うのだが、演奏家になれるのはほんの一握りの人だけだ。それ以外の人は教育現場に携わったり、別の業界に身を置いたり、本人も大学側もわりと成り行き任せなのが音楽大学というところである。昔は堅い職業の人と結婚して専業主婦におさまればそれで安泰、という意識もまだ多くあった。しかし現代はある程度将来を見越して勉強する、ということが必要なのは言うまでもない。

先日ひょんなことからラジオディレクターという立場で、一般大学で講義をした経験から思ったのは、現代の学生は昔に比べると、就職に対する意識は非常に高い。それは一般大学のカリキュラム自体が、より専門学校的に具体的なものになっているというのもある。午前中の第1限の講義でも(多少遅刻してくる学生はいたが)、出席率は高いし、講義後も個人的に質問がバンバン飛んでくる。しかし意識は高いが、向上心とか野心とかは持ち合わせていないのが最近の若者の特徴だ。自分がこれをやりたい、という強い意志や無謀な挑戦はあまりなく、そこそこのレベルで生活できて、無理をしない範囲で能力を生かせればいいという考え方は時代の主流のようだ。

さて同級生のリサイタルはショパンの子守歌から始まって、同スケルツォ、ソナタ第2番、シューマンのアラベスク、ラフマニノフのソナタ、と全て重量級。高校時代からよく指が回り、技術的にも難しい曲を確実にものにしていく努力家の彼女らしいプログラムだった。しかし実際にリサイタルが始まると、冒頭ショパンの子守歌など、ともすれば音が硬く響きがちな王子ホールの空間にとても柔らかな空気が漂った。こんなに柔らかなタッチをいつのまに身につけたのだろう、というちょっとした驚きさえあった。だからこそ緩やかな楽想の曲をもっと聴きたい気もした。

icon-youtube-play ショパン/子守歌

その少し前にサントリーホールの大ホールで行われた内田光子のピアノリサイタルを聴いた。プログラムはシューベルトのピアノソナタ。あの大空間で聴くシューベルトのソナタというのにどことなく違和感があった。もともとシューベルティアーデという自身の友人たちの集まるサロンで演奏されていたシューベルトのピアノ曲。そんな親密なムードが楽曲に漂っているし、最近ではフォルテピアノの優しい音色で聴く機会も多い。現代の事情では内田光子のようなビッグネームが演奏会を開く場合にはサントリーホールの座席数がないとどうしようもないのだろう。それに加えて彼女の密度の高い演奏は聴衆にも非常に集中力を要求する。あの大ホールで聴くモダンピアノでのシューベルト。息詰まるほどに研ぎ澄まされた空気は、友人のリサイタルで聴く王子ホールでの重量級のプログラムと、ある意味対照的ではあった。

icon-youtube-play シューベルト/ピアノソナタ第21番変ロ長調by内田光子(P)

楽曲が生み出された時代とそれを再生する現代では、もちろん楽器も演奏事情も当然違う。時にそのちぐはぐさが音楽の魅力を失ってしまう可能性さえある。それが現代にクラシック音楽を聴くことの難しさでもあるが、様々な事情や環境を乗り越えてなお、音楽から届く感動、それはまさしく演奏のアプローチに委ねられている。

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