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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

グレの歌

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

番組の中で使用する音源はクラシック音楽の場合、基本的にCDだがミュージックバードの放送ではハイレゾ音源の場合もある。24bit放送という高音質でもあるので、これは他の放送局ではない特殊なものなのだが、やはりハイレゾで聴くことで楽曲の魅力が一層増す、ということもある。番組制作をしている私自身も作品を改めて聴き直してみたいと思うことも多い。

最近そのハイレゾ音源を使った番組、「特集で聴くー山之内正のハイレゾセレクション」でもそんな音楽があった。これはオーディオ評論家の山之内正さんが選んだ音源を解説付きで紹介している番組で、山之内さんは学生時代にオーケストラでコントラバスをやっていたこともあり、クラシック音楽にも大変造詣が深い。また海外のオーディオショーにも積極的に出かけて取材をしており、ドイツでの留学経験もあることから殊にドイツ、オーストリア音楽についてはやはりご本人も一方ならぬ愛情があるようだ。

番組はタイトル通り特集に沿って音源を選んでいるのだが、その日の特集は〈大編成の音楽〉だった。そこで山之内さんが選んだ音源はシェーンベルクの「グレの歌」。オーケストラと5人の独唱者、1人の語り手、合唱を伴った文字通りかなり大規模な作品である。この時の演奏はサイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。アンネ=ソフィー・フォン・オッターのメゾソプラノ、トーマス・モーザーのテノールなど錚々たる顔ぶれのソリスト達だ。

作品について少し紹介しておこう。アルノルト・シェーンベルクは1874年オーストリアに生まれた作曲家。後にアメリカに渡り、12音技法に代表されるそれまでの調性音楽から無調音楽への道を切り開いたことから現代音楽の旗手という印象も強いが、初期の作品はまだ調性を残し、この時代のシェーンベルクの音楽は後期ロマン派という括りになるだろう。「グレの歌」はまさにこの時期を代表する作品。作曲には実に10年以上の年月を費やしている。歌詞はデンマークの詩人イェンス・ペーター・ヤコブセンの同名の詩をもとにした愛の物語。ワーグナーや師であったツェムリンスキー、公私ともに交流のあったマーラーの音楽を彷彿とさせ、比較的聴きやすく、私個人的にも大好きな時代の音楽なのである。

icon-youtube-play サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ラトルとベルリン・フィルによるハイレゾ音源を聴いて、なんて美しい音楽だろう、という思いを新たにしたのだが、この曲の演奏会はそう多くない。実は私は一度も実演を聴いたことがなかった。しかし今年はこの「グレの歌」が東京でなんと3回演奏されることになっていた。1回目はシルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団、2回目は大野和士指揮東京都交響楽団、そして3回目はジョナサン・ノット指揮東京交響楽団による演奏。これは滅多にない機会、と全部聴くのも辞さない意気込みだったのだが、諸事情により1回目の読響の公演は断念。今回2回目の東京春音楽祭の公演はようやくチケットを購入し、楽しみにしていたのである。

実演でのソリストはテノールがクリスティアン・フォイクト、この曲の最も有名な第一部の最後に歌われるソロ、「山鳩の歌」はヨーロッパの主要な歌劇場でも活躍するメゾソプラノの藤村実穂子、第三部では語りがシュプレッヒシュテンメ(語るように歌う特殊な唱法)の手法で物語が進行するのだが、これをフランツ・グルントヘーバーがつとめた。

東京文化会館の大ホールという音響空間の特性なのか、これだけ大規模な編成のオーケストラの音も私の耳には少しデッドなものに聴こえた。しかし大野和士の指揮に迷いはなく、ソロを歌うテノールの声がオケにかき消されがちになっていても、シェーンベルクの複雑な和音をたっぷりと鳴らしていた。その音量のアンバランスさに少し戸惑いを覚えたのもまた事実である。山之内さんが収録時にこの曲はバランスが難しい、としきりに言っていたのはこのことだったのか、と思った。その中でやはり「山鳩の歌」は物語の一番の見せ場でもあり、オケとソロの音域のバランス、音楽的にも美しい旋律があり、藤村実穂子はもちろん圧倒的実力で聴かせてくれたが、作品の中で際立つ要素が多いこともまた事実だ。そして第三部のシュプレッヒシュテンメ、最後の合唱を伴う部分はいかにも世紀末的な壮麗さに満ちてはいるけれども、響きのアンバランスは最後まで解消されなかった。しかし決して演奏が悪いわけではない、むしろ優れたソリストと指揮者、実力あるオーケストラによる力の込もった演奏だったのに。

実演と録音でこれだけ印象の違う作品というのもなかなかないが、だからこそ実演に接する機会が少ないのも頷ける。大規模な作品だけに費用も莫大だし、プログラムで集客できるか、という主催者側の事情もわかる。しかし今回の公演を見る限り、客席はたくさんの人で埋まっていた。実演の機会が少ないのは演奏家にとっても難しい。そして聴く側も相応の認識を持つ必要があるのかもしれない。

そんなこんなで私は3回目の「グレの歌」を聴きに行く決心を固めつつある。

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