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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

修道女への憧憬と祈り

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

女子の中二病的なところもあるが10代の頃、私は修道女に憧れたものである。キリスト教文学も好きだったし、それに修道女の衣装というのがとても好きだった。今ならさしずめシスターのコスプレというところだろうが、究極のシンプルなシルエット、モノトーンの配色、静謐で厳かで、しかも女性としての意思の強さも感じさせる。余談だがヴェロニク・ブランキーノというベルギーのデザイナーが修道女のようなコレクションでデビューした時、そのファッションに衝撃を受けたのを思い出す。以来私は彼女の作る服のファンでもある。

icon-youtube-play ヴェロニク・ブランキーノ

さて東京も梅雨入りした直後、朝から大雨の日に私は銀座の東劇に向かった。METライブビューイングの2018-19シーズンの最後の作品、フランシス・プーランクの『カルメル会修道女の対話』を観るためである。大荒れの天気の中、平日の昼間というのに東劇には思った以上に人が入っていた。やや渋い演目でもあるし、なかなか集客も難しいのでは?と思っていたが、オペラを一通り観た人にとってはちょっと興味をそそられるのもあるのだろう。

かくいう私も今シーズンの中でも最も楽しみにしていた作品である。何しろ憧れの修道女のオペラ。プーランクの音楽も好きだし、実際のオペラの舞台でも滅多に観る機会がないこの作品、METという一流歌劇場のライブビューイングを日本で観られるのは本当にありがたい。

しかしこのオペラ、はっきり言ってかなりシリアス、そしてかなり重い内容である。時は18世紀のフランス革命期。革命政府は反カトリックを掲げ、修道院や教会の国有化、信者や聖職者たちへの弾圧も容赦なかった。カルメル会の修道女16人もその犠牲となり、処刑台に消えた実在の事件をもとに作られた。ドイツのカトリック文学の作家、ゲルトルート・フォン・ル・フォールの『断頭台下の最後の女』を台本化したものだ。全3幕の舞台は修道院がメインで、登場するのも修道女たちとその対話が主なので、その衣装や背景もミニマリズムの極致。オペラにありがちな男女の恋愛は皆無、歴史に基づいた内容は恐ろしいけれど、宗教的な音楽とともにその美しさも際立っている。

物語は極度に神経質な貴族の娘、ブランシュが激動の世の中に耐えられず、カルメル会修道院に入るところから始まる。間もなく革命政府による修道院の解散と建物の売却により、司祭が追放され修道女たちも殉教を決意することになる。しかしブランシュは怯え逃げ出してしまう。やがて修道女たちは死刑宣告を受け、断頭台に上るのだが……。

今回のMETの配役は主役のブランシュを人気のメゾ・ソプラノ、イザベル・レナードが務めた。ノーブルな美貌に修道女の衣装がよく似合う。演出はジョン・デクスター。大きな十字架を模した舞台に修道女たちがひれ伏した冒頭から不安な時代の緊迫感が漂う。

前半は修道院長の死がクライマックスである。カリタ・マッティラの演じる修道院長が壮絶な病の苦しみと死への恐怖に耐えきれず、錯乱する。彼女を見て怯えるブランシュを、イザベル・レナードは前作の『マーニー』で見せた華やかな個性と闊達な表現力を封印したかのような抑えた演技で臨んでいた。役柄もあるのだろうが、幕間のインタビューで「物語の一部としての演技を心掛けた」という言葉を聞けば、彼女の非常に冷静で頭脳明晰な資質を存分に窺い知ることができるだろう。そのイザベル・レナードと音大時代からの同期だというエリン・モーリーも可憐な魅力をたたえたコンスタンス役を好演していて、彼女の存在が修道女たちの純真な姿と崇高な死を、より悲劇的なものに見せていたように思う。

それにしても衝撃的なのはラストである。死刑を宣告された修道女たちが次々と舞台奥の断頭台に消えていくシーン。彼女たちの歌う聖歌『サルヴェ・レジーナ』が悲しくも美しく流れる中、ギロチンの落ちる重い音が耳に響く。その度に彼女たちが死への恐怖を乗り越え、神への信仰の中で心の平安をつなぎとめていたであろうことは、これが史実に基づく物語であることを考えると胸を打たれずにはいられない。

icon-youtube-play オペラ「カルメル会修道女の対話」

目の前にあるどうしようもない恐怖と対峙せざるを得ない時、人は神を信じることでその恐怖を超えていく。それが信仰という絶対的な観念なのだ。

プーランクの音楽が、その残酷な運命の中で生きた彼女らの清らかな魂をすくい上げるかのように全編に響き渡る。ネゼ=セガンの指揮はこのドラマティックで荘厳な音楽を、物語の流れに逆らうことなく、実にぴったりと寄り添う。ああ、だがしかしこんなにも深い悲しみをたたえたオペラもないのではないだろうか。

観終わった後は体が重くなるほどにちょっと辛い思いが残った。それは悪天候のせいなのか、はたまた少し体調が悪かったせいなのか。その夜たまたま友人たちとの食事会があったおかげで現実の世界にようやく意識が戻り、私の魂も救われた気がした。

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