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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ダ・ヴィンチ音楽祭

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

先日、同僚のディレクターと会話していて、私が週一ペースでコンサートや関連イベントに出掛けている、ということを話したら、「クラシック音楽って同じ曲をやっているわけでしょ?飽きない?」と言われた。比較的音楽に理解がありそうな職業の同僚でさえこの発言。かくもクラシック音楽の〈陸の孤島〉的な立場を感じてしまったのだが、もちろんその孤島にはまだまだ未知なる面白さが眠っている。

そんな面白さに遭遇したのが先日、川口市で行われた「ダ・ヴィンチ音楽祭」である。今年は没後500年という記念年のレオナルド・ダ・ヴィンチだが、一般的には美術の分野で知られる存在なのではないだろうか。「モナ・リザ」「最後の晩餐」というあまりにも有名な絵画のインパクトが強いせいもあるだろう。しかし〈万能の天才〉と呼ばれるダ・ヴィンチは建築や科学、解剖学、天文学の他、あらゆる才能を発揮していた。当然音楽の分野でも活躍していたらしいが、それがあまりクローズアップされないのは、当時は教会のミサなどで演奏される合唱が主体の音楽以外は即興演奏が主流であり、それは合唱のように楽譜の必要性がないと記録されることがないから、という事情があった。楽譜によって音楽は記録され、更に印刷技術によって後世にも広く知れ渡るようになるわけだが、それはずっと後の話である。あらゆることをメモに残していた、いわゆる〈メモ魔〉だったダ・ヴィンチが音楽だけは記録することがなかったのは至極残念でもある。そして彼は教会ではなく、宮廷から庇護を受けていた音楽家であり、また「リラ・ダ・ブラッチョ」というヴァイオリンに似た楽器の名手でもあった。

リラ・ダ・ブラッチョはルネサンス時代には非常にポピュラーな楽器で、この時代の絵画にもよく描かれている。またダ・ヴィンチが総合プロデュースして上演したと考えられているのが「オルフェオ物語」。1480年イタリアのマントヴァでその記録が残っているという。タイトルロールを務めたのはダ・ヴィンチの弟子だったことからも関わっていた可能性は高い。

今回の音楽祭はそのオペラ「オルフェオ物語」が目玉として上演された。主役のオルフェオが劇中で妻のエウリディーチェを取り戻すために奏でる重要な小道具として登場するのがリラ・ダ・ブラッチョ。更にこの楽器を復元し、実際にオペラの中で演奏された。私は上演前に行われたトークライブでもこの演奏を間近で聴いたのだが、繊細で素朴な音色がまさに古の趣で一気にタイムスリップしたようだった。

icon-youtube-play リラ・ダ・ブラッチョ

ルネサンス期の詩人、アンジェロ・ポリツィアーノによる台本だけは残されているものの、断片しかない音楽をつなぎ合わせ、当時の俗謡のメロディーを当てはめて再構築、様々な歴史的資料も考慮しながら、尚且つ現代から見た文化的背景をコラージュするという前代未聞の試みを日本で行うというのである。これを「挑戦」と言わずしてなんと言おう。

音楽祭を主催するのは古楽グループ〈アントネッロ〉の代表であり、リコーダー奏者でもある濱田芳通さん。ヨーロッパで本格的に古楽を学んだ精鋭たちが結成するアントネッロは、いつも独自の解釈と霊感に満ちた革新的な演奏を聴かせてくれる素晴らしい音楽家集団で、濱田さんやメンバーの西山まりえさんを番組のゲストにお迎えしたこともある。オペラ「オルフェオ物語」ではそこに才能ある歌手たちや演出陣も加わった。

神話にも登場する「オルフェオとエウリディーチェ」の物語。毒蛇に噛まれて死んでしまった妻エウリディーチェを救い出すため、冥界に向かったオルフェオは、決して後ろを振り返らないことを条件に妻を地上に連れ帰ることを許される。しかし耐えきれずに途中で妻の方を振り向いてしまったため、エウリディーチェは再び死の国へと連れ戻されてしまう。オルフェオは女性を愛することに絶望し、舞台に登場するダ・ヴィンチと愛し合う。そのことでバッカスの巫女たちの怒りを買い、八つ裂きにされてしまう。

オルフェオを演じる坂下忠弘さんが大変に美男子だったので、なんとオルフェオはボーイズラブだったのだ(!)、という〈オチ〉もどこか納得してしまった。しかしダ・ヴィンチが同性愛者であったという話は有名である。ルネサンス時代にはプラトニズム(プラトニック・ラブなども含むプラトン哲学)が文化・芸術において研究されていたという背景もあったというから、なかなか含蓄のある結末ではある。最後のバッカスの巫女たちの強烈な嘲笑の歌と演出にも度肝を抜かれたし、冥界の王プルートを演じたカウンターテナーの彌勒忠史さんもさすがの貫禄だった。

icon-youtube-play オルフェオ物語

音楽家であり、舞台芸術家としてのレオナルド・ダ・ヴィンチをフィーチャーし、これを甦らせたアントネッロ。即興の時代の音楽を自由な感覚で再現してみせた新たな傑作を目の当たりにして、私はエウリディーチェを探しに地底に降りたオルフェオの如く、クラシック音楽の未知なる面白さを持ち帰ったような気分だった。

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