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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

女性目線でオペラを観ると

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

オペラシーズンの始まりである。オペラについて専門的なことを書くときりがないので専門家の方々にお任せするとして、今回はごく一般の方にも楽しんでもらえるようにご紹介しようと思う。

さてオペラの本物の舞台を観に行くのは多少お金が必要である。歌手や演出家、舞台装置、それを動かすスタッフはもちろんのこと、生のオーケストラが演奏するのだから、それなりの費用がかかる。美術や衣装などに凝ればコストも上がるので当然だ。しかしだからといって高尚な趣味、と思うのは全く筋違い。内容は男女の恋愛がほとんど、親子の葛藤だったり、厚い友情だったりするわけで、それは古今東西変わらず、人生において必要不可欠な要素だからに違いない。そう考えると映画やドラマと同様に楽しめる。ちっとも難しいことはないのである。それでもまだ、未体験のものにお金をかけるのはちょっと…という人はオペラのライブビューイングがお勧め。松竹や東宝など映画会社が海外の一流オペラハウスの公演を映画館で上演しているので、お小遣い価格で気軽に鑑賞できるのが嬉しい。私もよく出かけているのだが、特にニューヨークの名門、メトロポリタンオペラのライブビューイングは本編以外のインタビュー映像や舞台裏の紹介なども、さすがエンターテイメントの国アメリカの制作だけあって質が高い。

しかし、まだ本物のオペラを観たことがない人は是非一度劇場に足を運んで欲しい。そんな演目選びの参考に私の最近の体験談を書いておこう。ちなみに女性目線であるのはご了承いただきたい。先日この秋公演のゲネプロを見学した作品は、新国立劇場のチャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」と、東京二期会のプッチーニ「蝶々夫人」である。

「エフゲニー・オネーギン」はややマイナーな部類なので知らない人も多いかもしれない。ロシアの文豪プーシキンの原作をもとに作られたオペラである。ざっくりいうと、「昔振られた男から結婚した今になって求愛され、今更何言ってんの?!」というもの。なんとなく現代でもありそうな話だ。バレエ音楽でもお馴染みのチャイコフスキーの音楽が、更にこのシチュエーションを盛り上げる。主人公のタチアーナが前半は内気で大人しい、やや田舎娘といった風情だったのが、後半公爵夫人となり威厳ある女性になってオネーギンの前に登場するのも、しばらく振りに会った元カノが垢抜けしていて綺麗になっていた、といえばイメージしやすいかもしれない。情熱的に愛を語る、かつて好きだった男を袖にする、という大いなるカタルシスを味わえる。

icon-youtube-play チャイコフスキー:エフゲニー・オネーギン

さて次は比較的有名なプッチーニの「蝶々夫人」。これは日本が舞台となっていることから国内では上演回数も多い人気作品である。外国から見た日本、及び日本女性、みたいなイメージが少々偏っているのは置いておくとしよう。長崎にやってきた軍人のピンカートンは芸者の蝶々さんと結婚する。やがて任期が終わり、アメリカに帰ってしまったピンカートンを3年もの間信じて待ち続けた蝶々さんだったが、その間に彼は結婚していた。その事実を本人は直接告げず、しかもアメリカ人妻に息子を渡せ、という。劇中の設定では蝶々さんは結婚した時15歳の少女である。こんなに残酷な話があるだろうか? 純粋な愛を裏切られた悲劇を美談のように脚色しているのが、同じ女性の立場から言わせればフィクションとはいえ、「男ってなんて勝手なんだ!」と地団駄を踏みたくなるのである。

しかしプッチーニの音楽がここでも素晴らしい。日本が舞台ということで東洋的なメロディーや複雑な和声と官能的なフレーズを作り出している。「ある晴れた日に」は蝶々さんの歌う最も有名なアリアだが、この物語に入り込んで聴いた日には胸を打たれること必至である。またところどころにアメリカの国歌や日本の民謡なども散りばめられ、プッチーニの洒落た音楽センスも感じられる。台本の内容はさておき名作オペラと名高いのも頷ける。

icon-youtube-play プッチーニ:蝶々夫人よりアリア「ある晴れた日に」

今回私が見学したゲネプロでは宮本亜門演出ということでも話題となっている。衣装は高田賢三。ケンゾーらしい華やかなテキスタイルで、しかも蝶々さんが着物ではなく、ほぼドレスというのが新鮮だった。でもよく考えるとアメリカ人と結婚した妻、としてピンカートンを待ち続けた彼女を考えると、洋装というのも解釈としては面白い。これはネタバレになってしまうが、オペラの冒頭と終わりに、病床のピンカートンが登場し、蝶々さんとの間に生まれた、成長した息子に若き日の恋を語って聞かせる、という演出になっているのだ。これは蝶々さんに対する酷い仕打ちを後悔し、彼女への愛が本物だったとか、そういう意味もあるのだろうか? それに関してはちょっと首を捻ってしまうのだが、これは音楽業界女子の〈あるある〉で「蝶々夫人」を観るとついフェミニズムについて異議を唱えたくなる

まさにオペラは様々な角度から楽しめるエンターテイメントなのである。

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