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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

寝ていてはならぬ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

先日METライブビューイングのプレミア試写会に行ってきた。

ニューヨークメトロポリタンオペラの公演の開幕とほぼ同時期に行われるこの試写会だが、今年はMETの音楽監督、ヤニック・ネゼ=セガンがちょうどフィラデルフィア管弦楽団を率いて来日していたタイミングということもあり、彼が登壇する予定となっていた。それもあってか会場である築地の東劇は昨年よりもひときわ賑わいをみせていた。

icon-youtube-play ヤニック・ネゼ=セガン

というか、例年関係者といえば評論家をはじめ、地味目な(失礼)クラシック音楽関係の男性が多い印象なのだが、芸能関係とも思しき華やかな女性の方々が多い。上映前のトークで登場したマエストロ、ネゼ=セガンのフォトセッションの時間が設けられると、すかさず主催者側から「SNSでの発信をお願いします」という旨の言葉。ひょっとしたらインフルエンサーとしての発信効果を狙って招待されている人も多かったのだろうか。

まさしく今、SNSを抜きに宣伝は語れない世の中。私も周りの勢いに押されてとりあえずネゼ=セガン氏の写真を撮った。女性のわりにミーハーな性分はなく、イベントでも率先して前に行くタイプではない私。客席からスマホで撮影している時点でもはや全然やる気が足りていない……。個人的にInstagramを断念したのはそこも要因の一つである。遠目になんか雰囲気が違う、と思ったらネゼ=セガン氏、金髪になっている。着用していた華やかなプリントのブルゾンはイタリアのブランド〈ETRO〉のものだそうで、若きマエストロはなかなかお洒落である。

本編の上映が始まった。演目はプッチーニの「トゥーランドット」。もとはヴェネツィアの劇作家カルロ・ゴッツィが書いた戯曲を、オペラ用に新たなキャラクターを追加するなどして制作されたが、プッチーニは完成前に病死してしまったため、彼の最後の未完のオペラとなっている。当時のヨーロッパの異国趣味や、特にそのオリエンタリズムへの憧憬を織り込み、ドラマティックな音楽はあの有名なアリア、『誰も寝てはならぬ』にも代表される。

icon-youtube-play METオペラ「トゥーランドット」

物語は中国。紫禁城では美しくも冷酷なトゥーランドット姫に求婚する男たちが、彼女が出題する3つの謎を解くことができずに次々と斬首されている。戦に負け、国を追われたダッタン国の王子、カラフはトゥーランドットを一目見て恋に落ち、新たな求婚者となる。3つの謎かけを次々と解いていくカラフ。狼狽するトゥーランドットに、逆にカラフは「明日の夜明けまでに私の名を知ることができれば潔く死ぬ」と宣言する。カラフとともに逃げてきたティムールとリューが捉えられ、リューが拷問を受けるが、カラフを愛するリューは口を閉ざし自害する。それを見たトゥーランドットも愛の深さと力を知り、ついに彼の名は「愛」であると歌い、2人は結ばれ、幕を閉じる。

冷酷で強い意志を持つトゥーランドットは歌唱的にも大変な実力とテクニックが必要で、今回METでは先シーズンの「ワルキューレ」でも大活躍だったクリスティーン・ガーキーが熱唱。「ワルキューレ」では可愛らしさも感じるブリュンヒルデを好演していたが、ここでは冷たさの中に垣間見える女の孤独、みたいなものは少し足りなかったような……。それがこの役の難しさでもある。その中で可憐な存在感をひときわ放つのが、愛の犠牲となるリュー役である。エレオノーラ・ブラットは芯の強さを持って歌い上げた。意外と言ってはなんだが、カラフを演じたユシフ・エイヴァゾフがなかなかの好演だった。あのアンナ・ネトレプコの夫としても知られるエイヴァゾフだが、柔らかな歌唱と歌い口は、女性の頑なになった心を優しさで口説くカラフ、といったところだろうか。カラフといえばやはり意識されるのはあのイタリアの名テノール、パヴァロッティの存在だが、エイヴァゾフはインタビューでもこのアリアを彼に捧げる、と語っていた。

icon-youtube-play ルチアーノ・パヴァロッティ

また今年亡くなった演出家、フランコ・ゼフィレッリの豪華絢爛な舞台はMETという場にこれ以上ふさわしいものはない。「トゥーランドット」のスペクタルな世界を味わうにはやはりこの演出に限る。

ライブビューイングでは案内役も名物のひとつ。今シーズンの目玉であるガーシュウィンの「ポーギーとベス」でも主役を演じるエンジェル・ブルーが司会を担当していた。実力もさることながら〈ミス・ハリウッド〉にも選ばれたという美貌の持ち主で、スクリーンでは真っ赤なドレスがよく似合っていた。インタビューや稽古場の映像、幕間の様子などを伝えると同時にさりげなく宣伝をするのも大切な役目である。そこでもやはりSNSでのやり取りを紹介するなど、アメリカでもこうしたネットの発信力を重要視していることが伺える。幾分そういう流れに慎重だったクラシック音楽業界もこれを無視することはできないようだ。

icon-youtube-play メトロポリタンオペラ2019-2020

アカウントを持っているのはFacebookくらいなのだが、ぼけっと『寝ていてはならぬ』なのかもしれない。私も発信する努力をしてみようかと(少しだけ)思案中である。

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