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副業作曲家、アイヴズ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

現代でも副業を持つ人は多いようだが、クラシックの作曲家もダブルワーク派が何人か存在した。ピアニスト兼、指揮者兼作曲家とか、音楽ジャンルの中での副業は別にして全くの異業種との掛け持ちをしていた作曲家にはどんな人がいるのだろう。

例えばアントン・ディアベリ(1781-1851)。ベートーヴェンが主題を変奏曲にしたことでその名が知れ渡っているが、本業は出版業。ベートーヴェンやツェルニー、シューベルトなどの作品の楽譜を出版した。

icon-youtube-play ベートーヴェン:ディアベリ変奏曲

サン=サーンス(1835-1921)は幼少期から天才エピソードが名高い作曲家だが、同時に文学や天文学、哲学などにも才能を発揮した万能型。文筆家としても活躍した。

「幻想交響曲」のベルリオーズ(1803-1869)は遅咲きの作曲家としても有名だが、もともとは医学生だった。同じように法学生だったのはあのチャイコフスキー(1840-1893)。本格的に音楽を勉強し始めたのが21歳というからこちらも遅咲きである。もっともこの二人は学生時代の話で、そこから音楽家に転身したので厳密な意味では副業とは違うかもしれない。

icon-youtube-play ベルリオーズ:幻想交響曲

ロシアには副業作曲家が比較的多い。筆頭格はボロディン(1833-1887)で、なんと本業は化学者。軍医でもあった。

そして同じロシア5人組としても有名なリムスキー・コルサコフ(1844-1908)は海軍士官で、なるほどあの「シェヘラザード」には海の描写ともいえる波打つような見事なオーケストレーションが見受けられる。

icon-youtube-play リムスキー=コルサコフ:シェヘラザード

そんな中、最も異色の経歴を持っていたのがアメリカのチャールズ・アイヴズ(1874-1954)ではないだろうか。本業はなんと保険の営業マンである。その世界でも優秀な成績を残しており、保険会社の副社長まで務めているバリバリのエリート・サラリーマンだったのである。

先日、そのアイヴズのヴァイオリンソナタを聴くコンサートがオペラシティのリサイタルホールであった。ROSCOこと、ヴァイオリンの甲斐文子さんとピアノの大須賀かおりさんのデュオによる演奏で、しかも保険学の権威である東京経済大学教授の米山高生さんと、作曲家の夏田昌和さんの解説付き、というアイヴズ初心者にもわかりやすい内容。ミュージックバードの番組にも出演していただいて、その魅力を語ってもらったところだった。とはいってもアイヴズと聞いてピンとくる人はそう多くはないだろう。アメリカの現代作曲家、といってもガーシュウィンとかバーンスタインほどポピュラーな存在ではなく、生前もほとんど作曲家としては知られていなかった。

しかし夏田さんの当日の解説にもあったように、アイヴズは馴染み深い賛美歌をテーマにすることも多く、ところどころに民俗的な、またローカルな魅力を携えたメロディーが顔を出す。しかし一方で難解な和声やフレーズでそれを覆うような構造の音楽で、特にその二面性が同時に存在するような作品がこの日のヴァイオリンソナタである。

全4曲からなる作品は、1曲ごとにまた個性が違う。比較的小規模な第1番。各楽章に標題がつけられている第2番は更にドラマティックな印象。第1楽章は「秋」、第2楽章は「納屋の中で」、そして第3楽章は「信仰復興伝道集会」。ここでも賛美歌がところどころで登場する。第3番は最も大規模な作品で聴き応えもある。ROSCOのお二人もこの日一番気合が入った演奏だった。対して最後に演奏された第4番は明るく軽いタッチの作品。日本でも替え歌として有名な、ロバート・ローリーによる賛美歌〈Gather at the River〉が引用されていて、「野外伝道集会の子供の日」というタイトルが付いている。

icon-youtube-play アイヴズ:ヴァイオリンソナタ 第1番より

このタイトルも当時のアメリカの時代を表している。開拓期以降のアメリカでは人口が分散していて、絶対的に聖職者も不足していた。そこで宗教的な集会をニューイングランド各地で行っていたのである。特に夏季に行われる野外でのキャンプミーティングは子供達にとって何よりの楽しみだったことは想像に難くない。我々現代の日本人からは想像しにくいが、この時代のアメリカ人にとって宗教=キリスト教は生活において切っても切れないもの、精神の拠り所であり、欠かせないものだったのである。

アイヴズもそうしたアメリカの土地で育った人間として、その音楽にも影響が色濃く反映している。一聴しただけではわかりにくいかもしれない彼の作品に繰り返し登場する賛美歌のモティーフ。そのメロディーに耳を傾けていると、どこか素朴で懐かしい、古き良きアメリカを感じるのである。同時にマーラーやシェーンベルクに通じるような世紀末的な香りもするかと思えば、ジャズやラグタイムのイディオム、ポリリズムなどといった変則的なリズムは現代風で楽しく、前衛的な音楽語法が重層的になっているのが面白い。ちょっとハマりそうである。

そんなアイヴズは副業とはいえ、かなりたくさんの作品を書いている。近年その価値が改めて見直され、こうした作品を大々的にフィーチャーしたコンサートも開催されるようになってきた。しかし保険学からの解説付き、というのは珍しく、当日の会場は満席の大盛況だった。

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