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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ハチャトゥリアンの名曲『剣の舞』

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

東京も梅雨入りした。既に少し前から夏のような蒸し暑さが続いていて、外出時のマスクが辛くなっている。私の自宅から駅までは登り坂を含めて15分程かかるので、下手をすると熱中症になりそうである。公共交通機関で着用なのは仕方ないとしても、人のいない道ではマスクを外して歩いている。梅雨の晴れ間には強烈な日差しが照りつけるのでサングラスが欠かせないし、サングラスとマスクのダブルスタンダードは見た目にもかなり怪しいのでできるだけ避けたい、という事情もある。

ウィズコロナ期に入った昨今、在宅での仕事もレギュラーになってきた。もちろん局に行く機会も少しずつ増えたのだが、以前のようにスタジオも常に埋まっているという状態ではない。リモートでできる収録はそのまま継続しており、それはそれで今までやや無駄が多かったところがスリム化した実感もある。在宅が多いとどうしても運動不足になるので、以前は駅までバスを使っていたのだが歩くようになった。それだけでもバス代が浮くのに気が付いた。スタジオに行くという物理的な時間はもちろん、交通費もかなりの比重を占めていたことがわかる。フリーランスとしては重要なポイントだ。

音楽やエンターテイメント業界も少しずつ活動の準備を始めている。客席数を減らして、来月に向けてコンサートを模索している顔見知りの演奏家たちも多い。在京のオーケストラもホールを使い、関係者を集めて実験的な演奏の試みを行なっているようだ。徹底して衛生管理し安全性が確保できるならば、できるだけ早く活動を再開して欲しいと願っているのは私も含めて全ての音楽ファンの思いに違いない。  

そんな中、緊急事態宣言解除を受け、一足早く映画館の再開が始まっている。試写会も中止が続いていたが、徐々に試写室での上映の案内が届くようになった。まだその少し前、オンラインでの試写を自宅で拝見して興味深い音楽映画があった。作曲家、アラム・ハチャトゥリアンを描いた映画「剣の舞 我が心の旋律」である。

ハチャトゥリアンという作曲家はバレエ『ガイーヌ』の中の音楽「剣の舞」が飛び抜けて有名なのは言うまでもない。舞台の最終幕にクルド人が剣を持って戦いの舞を踊るという場面の音楽である。3分にも満たない短い楽曲にも関わらず、冒頭から聴き手を惹きつける強烈なリズム。そして鮮やかな色彩感漂う民謡風のメロディー。楽器の特性を存分に生かした使い方も見事で、音楽にいささか距離感があったこのコロナ禍に改めて聴くとアドレナリンが上昇し、その衝撃的とも言える魅力的な音楽に心臓を貫かれる。現在ではコンサートのアンコールピースとしても演奏される機会の多いこの曲がたった一夜にして書かれたものだとは知る人は少ない。

icon-youtube-play バレエ「ガイーヌ」より剣の舞

そもそもハチャトゥリアンはあのショスタコーヴィチと年齢的にも3歳しか違わない。同時代の作曲家であり、映画の中でも同じ共産党支配下での芸術活動の厳しさと苦しさを分かち合う仲間として(ロシアの偉大なヴァイオリニスト、オイストラフも登場する)描かれている。しかしショスタコーヴィチがソ連当局からの粛清を恐れて苦渋に満ちた作品を生み出した背景は比較的よく知られているが、ハチャトゥリアンはアルメニア人という自身のアイデンティティを作品に投影し、民俗的な独自の作風を作り上げていた。そこには当局の掲げる〈社会主義リアリズム〉と必ずしも相反する類の音楽とはみなされなかったこと、「剣の舞」の余りにもヒットした事実により、彼の他の純然たるクラシック音楽作品が注目されにくかったことはこの映画を観ると改めて感じさせられるのである。いわば歴史と政治の中に埋もれてしまった不幸な作曲家、ということなのかもしれない。

しかし近年再注目されたのは何と言っても、オリンピックのフィギュアスケートで、あの浅田真央選手が組曲「仮面舞踏会」のワルツをプログラムに使用したことも日本では大きかったと思う。これ以降、日本のオーケストラではこの曲が定期公演のプログラムにも組まれることが多くなった。また映画の最後にも映像が出てくるが、ハチャトゥリアンは1963年には来日し、読売日本交響楽団を指揮するなど日本にも浅からぬ縁がある作曲家なのである。

icon-youtube-play 「仮面舞踏会」よりワルツ

監督のユスプ・ラジコフ氏によると、ハチャトゥリアンは私生活を公にしないタイプの人間だったらしく、映画化するには苦労もあったそうだ。ストーリーとして盛り上げるには多少地味な部分もあったようで、彼が恋するバレリーナや、身の回りの世話を焼く従者や、過去に遺恨があった文化省の役人などは架空の人物だとか。しかし知られざるハチャトゥリアンの作曲家人生が明らかにされる貴重なこの映画、公開は7月31日新宿武蔵野館他全国で順次予定されている。

icon-youtube-play 映画「剣の舞 我が心の旋律」予告編

これからコンサートが再開されたあかつきには、そんなハチャトゥリアンの作品がプログラムを彩ることもあるかもしれない。

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