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『ポーギーとベス』に見るアメリカ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

前回のコラムでオーケストラの始動について書いたが、このコロナ禍で一番煽りを食っているのはオペラ公演だろう。当然声を発することで飛沫感染の危険を孕むし、舞台上で繰り広げられるのはほとんど恋愛劇。演じる歌手がソーシャルディスタンスをとるわけにもいかないし、大規模な合唱もある。もちろんピットにオーケストラもいるわけで、幾重にも問題が絡んでいる。

周知の事実だが、メトロポリタン歌劇場は感染拡大が世界でも最も爆発したニューヨークにある。ついに3月12日以降の公演を全て中止すると発表された。

毎年個人的にも楽しみにしているMETライブビューイングは今シーズン、ガーシュウィンの『ポーギーとベス』が目玉だった。日本でのライブビューイング上映も延期になっていたが、2月1日というコロナ禍ギリギリの日程で現地上演された公演はようやく7月に日の目をみた。ソーシャルディスタンスを考慮し、前後左右に空席を設けての映画館再開。余裕を持って設置しているせいか、意外と盛況で売り出し分の座席はほぼ埋まっていた。

黒人社会を描いた『ポーギーとベス』のオリジナルは小説。更に舞台化され、ジョージ・ガーシュウィンが兄のアイラとともにオペラ化した。彼はジャズのイディオムを取り入れ、ほぼ黒人キャストという当時としては異例のこの傑作を書き上げた。実に30年振りにMETで上演されたことでも話題だが、これについて何故そんなに時間が空いたのか、幕間の解説では曖昧な表現に終始していてよくわからなかったが、アメリカという社会の抱える様々な問題がこれに関わっているであろうことは想像に難くない。

またこの作品は全幕が上演されることは少ないが、その中にはジャズのスタンダードナンバーとしてもお馴染みの名曲が散りばめられている。代表的なのは第1幕冒頭の「サマータイム」だろう。出演者の一人がインタビューで語っていたが、名曲の多いこの『ポーギーとベス』だが、ストーリーの中で聴くのとはやはり趣が違う。リサイタルでのお洒落でジャジーな雰囲気の1曲ではなく、一人の黒人女性の貧しさと哀しみの日々の中で歌われる子守歌なのだ。

icon-youtube-play サマータイム

また「キャットフィッシュ・ロウ」組曲としてガーシュウィン自身がまとめた管弦楽組曲バージョンがあり、これは比較的コンサートなどでも取り上げられることがある。更に著名なジャズ・ミュージシャンたちが演奏することでジャズの名曲として主要曲を聴いたことがある人も多いかもしれない。

icon-youtube-play オスカー・ピーターソン・トリオ

ストーリーは「キャットフィッシュ・ロウ」と呼ばれる黒人居住区が舞台。ポーギーは乱暴者クラウンの恋人、ベスに想いを寄せているが、クラウンが仲間を殺し逃亡したことでポーギーの家に転がり込む。やがて二人は結ばれるが、ある時逃げたクラウンに再会してしまったベス。後悔し、再びポーギーに愛を誓う。やがてハリケーンが街を襲い、死んだ仲間の葬式が行われる。直後にクラウンがポーギーの前に現れ乱闘の末、ポーギーはクラウンを殺してしまう。彼は警察に拘留されるが運良く釈放されて戻ってくる。しかしその間にスポーティング・ライフがベスを誘惑し、ニューヨークへと行ってしまったことを知り、不自由な足を引き摺りつつもベスを探しに旅立つ。

主役のポーギーはバス・バリトンのエリック・オーウェンズ。ワーグナーなどでも活躍する第一人者だ。当日の舞台で総裁のピーター・ゲルブが彼は風邪気味だとアナウンスしていて、時々マイクでもオーウェンズの咳が拾われていて心配になる程だった。確かにいつもの元気はなかったものの、懸命にこなしていたのは流石ベテランである。

ベスは期待の若手、エンジェル・ブルー。華やかな容姿とピュアな感性が光る。ただ少し優等生的で男に翻弄されるベスにはやや物足りないところもあったが、その他のキャストは実力派揃い。スポーティング・ライフ役のフレデリック・バレンタインはMETデビューだという話だが、芸達者振りを発揮していた。

折しもこの少し前、アメリカでは無抵抗の黒人男性が白人の警官に押さえつけられて死亡する痛ましい事件が起こった。オペラの中でも白人の警察がポーギーらを尋問する場面ではまさにその映像とオーバーラップするような錯覚を覚えた。それもあって警察を演じた歌手はブーイングを食らっていたが、こうした人種差別が現代でも蔓延しているというニュースがこのタイミングでこの作品にリンクしていたことは何と啓示的なことだろう。

カーテンコールに応える出演者達に降り注ぐ賞賛の拍手と歓声。但しカメラが客席に向けられるとそこに映っているのは殆どが白人なのだ。現代では一部の才能あるエリートの黒人達は確かに舞台に登ることができる。しかし多くの黒人はまだ日常的にMETでオペラを鑑賞するようなことはない、ということだろう。

icon-youtube-play メトロポリタン歌劇場公式HPより

舞台は素晴らしかった。しかし劇場を後にして残る様々な苦い思いを、私は拭い去ることができなかった。

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