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ウィーン・フィル〜コロナ禍の来日公演

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

前回ウィーン・フィルの来日について少し触れたのだが、欧米では再び新型コロナ・ウィルスの感染拡大が懸念される中、彼らの来日公演は全て行われることとなった。もちろん指揮者のワレリー・ゲルギエフも共に、である。これは日本の音楽業界はもちろん、本国でコンサートができないウィーン・フィル側にとっても貴重な演奏旅行というだけではなく、世界における音楽や文化の意味を問うものとして、強い決意と覚悟を持っていた。当然かなり前から綿密に計画を練っていたようである。福岡、大阪、川崎、そして東京のサントリーホールと各所を回ったわけだが、チャーター機で来日、入国時のPCR検査はもとより2週間の隔離生活、貸し切り専用車両での移動、食事も専用会場で済ませ、宿泊施設とホール以外の外出をしない、など徹底した感染対策の上にこの来日は実現したわけである。

icon-youtube-play ダニエル・フロシャウアー楽団長メッセージ

ここまでの覚悟を見せられて、来日公演を聴かないことは音楽業界に携わる者として間違っているのではないか、と思い始めていた矢先、追加公演が決定。ちょうどその日は予定していた収録がなくなり、急ぎの仕事もなく、奇跡的にぽっかりとスケジュールが空いたので、私は急遽チケットを入手したのだった。

久しぶりのサントリーホール。緊急事態宣言が明けてまもなくコンサート再開の日に訪れた初夏、ホールやオーケストラの関係者もピリピリムードで、もちろん人も少なく、ロビーでの会話もないので静まり返っていたものだが、今日はさすがに大勢の人がホールに集まっている。私は2階席だったのだが、前後左右にびっしりと席が埋まっていた。これが普通なのだが、市松模様での座席配置に慣れてしまった現在では、その景観に一瞬慄いてしまった。しかもどういうわけか私の席の並びは殆どが女性で、しかも皆一人で聴きに来ている感じだ。周りを見渡してもいつもより少し年齢層が若い。やはりこの貴重なコンサートを聴き逃すまいという音楽ファンの意気込みと期待が客席からも漲っている。

やがて舞台に団員が登場。黒いマスクを付けて出てくる奏者もいたが、位置につくと外していたようである。今回、このコロナ禍での来日コンサートではあるが、ウィーン・フィルは自分達の音楽を奏でるためにはソーシャル・ディスタンスをとらない、いつも通りの配置を選択した。

そもそもウィーン・フィルとはかなり特殊なオーケストラである。母体はウィーン国立歌劇場付きのオーケストラで、更にその中で認められた団員のみがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団に入団できる。その殆どがウィーンの音楽大学で教育を受け、そこで教鞭をとるウィーン・フィル団員の先輩から直接教えを受ける。つまり彼らの演奏は、「ウィーンらしさ」を継承し、伝統的な奏法を忠実に守った奏者の集まりなのである。今日では世界中のあらゆる才能豊かな演奏家を結集して作っているコスモポリタンなオーケストラが殆どだが、そうした状況は技術的な水準は高いものの、どこのオーケストラを聴いても音色の響きに違いはなくなってきていると言っても過言ではない。しかし、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団だけは違う。そこには独特の「ウィーンらしさ」が存在し、連綿と受け継がれたその伝統から繰り出されるいわば血統書付きの音色は常に私たちを魅了し続けている。

icon-youtube-play ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

その日のプログラムの前半はドビュッシー。「牧神の午後への前奏曲」と交響詩「海」。その演奏には敢えて言えばフランスのオーケストラのような色彩感や軽い空気感というものはない。そこに在るのは圧倒的なまでの完璧なアンサンブルだった。管楽器の盤石な響き、意志を持ったハープの音色と弦楽器の絹糸のような滑らかな光沢が一体となって音楽を形作る。

icon-youtube-play ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

後半はストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」。ロシアの指揮者、ゲルギエフのお得意のレパートリーである。この曲を私は今年の1月、エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団が来日した時に聴いていたのを否応なしに思い出した。あの時はサロネンのクールな感性で冷たい炎が燃え滾るような、音楽の盛り上がりとともに背筋が凍りつくような感覚があった。しかしウィーン・フィルの「火の鳥」はラストの怒涛の管楽器の咆哮も、弦楽器群の艶やかなトゥッティで包み込むような余裕さえ感じさせる演奏だった。想像を絶する過酷な状況での来日に、団員たちの精神状態も異様だったことは想像に難くない。コロナ禍でリハーサルもままならなかっただろうが、そんなことを微塵も感じさせないのはやはり恐るべきオーケストラである。

icon-youtube-play ストラヴィンスキー :バレエ音楽「火の鳥」

アンコールには「皇帝円舞曲」。ニューイヤー・コンサートなどでもお馴染みのこのオケらしい軽やかなワルツのリズムに身を委ねる。世界がどんなに極限状態にあろうとも、ウィーン・フィルはやはりウィーン・フィルだった。

icon-youtube-play シュトラウス:皇帝円舞曲

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