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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

詩歌をうたい、奏でる@国立劇場

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

このところ素晴らしいライヴに連続で遭遇して、逆に書くのが追いつかないという悲鳴を上げている。

3月は新番組の準備などで連日スタジオに入り浸っていることが多い。その日も「ニューディスク・ナビ」の音源の録音をせっせと行っていたのだが、クナッパーツブッシュがウィーンフィルを指揮した「ORF戦後ライヴ大集成」という大物が控えていた。シングルレイヤーのSACDのため、ディスク1枚が210分=3時間半という長さである。これはリッピングできないため、等倍の時間をかけて録音しているのだが、私はこの時間にコンサートを聴きに行くという強硬手段(?)に出た。会場の国立劇場はスタジオのある東京エフエムのすぐ裏手である。なんなら休憩時間にSACDの録音を止めに戻ってくることも可能ではないか。

icon-youtube-play ハンス・クナッパーツブッシュ

「詩歌をうたい、奏でる−中世と現代−」と題されたコンサートは2日間のシリーズ。1日のプログラムの内容は前半と後半に分かれており、前半は「中世」。日本の古い芸能である今様や白拍子を、歌謡集をもとに現代に復元し、解説付きで鑑賞するというもの。後半はいわゆる現代音楽。1日目はジョン・ケージの「RENGA」、2日目は現代の邦人作曲家、川島素晴らの連作による「ベルリン連詩II」。後者は今回初演になる。中世の芸能を再現するというのも興味深いし、時を隔てて現代の作曲家による音楽を初演で、しかも「詩歌」というテーマで繋ぐ、という趣向を凝らした公演は興味津々。もう少し早く情報を知っていれば2日間とも聴けたのに、と思ったが1日目は別の予定があり、取り敢えず2日目のチケットを購入した。

開演は17時半。1枚目のSACDを14時過ぎに録音開始。休憩時間にスタジオに戻ることにして徒歩3分の国立劇場へと向かう。まずは「中世」の芸能の復活上演。この日は五節の宴に見立てて行う流れとなっており、沖本幸子さんの解説とともに3人の楽師によってそれぞれの曲のポイントを聞くだけで、全くの素人の私にも祝宴の雰囲気を感じとることができる。また歌詞は字幕で表示され、「思之津」「蓬莱山」「白薄様」など、漢字のタイトルというのはイメージを膨らませるのにとても便利だ。雅な中にも自然と季節の営みをともに享受しようとする中世の人々の豊かさを感じさせる。

さて、中世の部が終わり、20分間の休憩の間に私は国立劇場の外に出て早足でスタジオに戻り、録音を止めSACD 2枚目をセット。2枚目は録音時間約2時間なので終演後に完了する予定。その場でコーヒー1杯を飲む余裕さえあった。そして再び国立劇場へ。

後半は音楽評論家の小沼純一氏による解説から始まった。詩人の大岡信らが連歌の伝統に倣ってドイツ語圏の詩人と共作した連詩「ファザーネン通りの縄ばしご」をテキストに今回作曲された「ベルリン連詩II」。作曲は川島素晴、桑原ゆう、そしてドイツ人のマークD.フェルムの3人による共作。これには前身である一柳慧の交響曲「ベルリン連詩」の存在があり、これは別のテキストを使用しているが、連詩の様式に倣って作曲されたことは1988 年の初演当時も注目を浴びた。今回は異なる作曲家が連作するという手法で、受け手は前者の曲から引用したり、模倣したり、更にそれを含めてオリジナリティを示さなければならない。そしてそこには日本語とドイツ語という異なる言語の詩が存在し、それをいかように料理するのか、という方法論も含めて、俄かに咀嚼し切れないくらい知性と感性を刺激する試みだ。

icon-youtube-play 一柳慧/交響曲「ベルリン連詩」

3人の作曲家からもコメントがあったが、コロナ禍で来日が敵わなかったフェルム氏はモニターの画面からメッセージを送った。桑原氏は声明や神楽などの民俗芸能を扱った作品も多い作曲家で、テキストが日本語、和楽器を使用し、時に謡を用いる日本音楽的なディテール、対してフェルム氏はドイツ語のテキストに西洋楽器、バリトンの歌唱と違いが際立っている。

icon-youtube-play 桑原ゆう/聲明「月の光言」

一方で川島氏の作品は両方を用いる。その独自性はどこにあるのか、というとまず第8曲、第9曲を演奏した後、続いてそれらを同時演奏する。もちろん予めそのように仕立てているのだが、他の2人にはないこの手法はアイディアもので、実際にその箇所は音楽的にもリズムが特徴的で、最後にはバリトンの松平敬さんと能楽師の坂慎太郎さんが同時にうたうという禁じ手も面白い。ともすれば別々の作曲家が作ることで意義的な「連作」は完成をみるだろうけれど、楽曲全体としてのまとまりは後回しになるかと思われた今回の初演を、見事に包括してみせた。作品の指揮も担当していたアンカー川島素晴氏の面目躍如たるものだった。

 icon-picture-o 詩歌をうたい、奏でる

この素晴らしく面白い企画が国立劇場という会場で実現したのもまた意味のあることだっただろう。(私が個人的に仕事をしやすかったという点は除いて)それにしてもこれは是非2日間のセットで聴くべきプログラムだった。きけば両日ともオンデマンド配信があるそうだ。私は聴けなかった5日のチケットを購入。中世の今様「春始」や、ジョン・ケージの「RENGA」も楽しむつもりである。

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