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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ネザーランド・ダンス・シアター来日公演

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

ネザーランド・ダンス・シアターの公演を横浜まで遠征して観に行くことにした。バレエは自分でも少し習っていたこともあるのだが、忙しさと身体の硬さで断念して自らやることは諦め、もっぱら鑑賞専門となっていたわけだが、それでもバレエ鑑賞は久しぶりのことだった。クラシックバレエの演目ももちろん好きだが、コンテンポラリーはそれを上回って好きかもしれない。具体的なストーリーを通じて語られる世界よりも、ダンサーたちの研ぎ澄まされた肉体から直接放たれるエネルギーに圧倒的なドラマを感じるからである。今回友人に誘われてトレイラーの映像を観て、これは観るべきだ! とピンとくるものがあった。

icon-youtube-play NDT in JAPAN 2019

ネザーランド・ダンス・シアター=NDTはオランダのコンテンポラリー・バレエ・カンパニー。チェコの振付家イリ・キリアンの芸術監督時代に一躍注目を集めた。キリアンの評判は私も聞いていたが、今回は実に13年振りの来日ということで実際にNDTの舞台を観るのは初めてだ。英国ロイヤルバレエ出身のポール・ライトフットが芸術監督と専任振付家を今シーズン限りで退く、最初で最期の来日公演となっていた。他に気鋭のアソシエイト・コレオグラファー、クリスタル・パイトとマルコ・ゲッケの手掛ける計4作品が上演。音楽もマックス・リヒターやフィリップ・グラスといういわゆるミニマル・ミュージックやポスト・クラシカルのジャンルで注目の作曲家たちの作品を使用していることも興味深かった。

さて、始めはそのマックス・リヒターの音楽に乗せて演じられる「シンギュリア・オデッセイ」。舞台はスイス国境にあるバーゼル駅の待合室。〈旅〉をテーマにしたプログラムはノスタルジックな衣装と背景が、列車での移動が主だった時代を表している。演じるダンサーたちはその鍛え抜かれた肉体を縦横無尽に駆使し、人々が行き交う〈駅〉という舞台で、それぞれが抱えた人生を表現する。まるで映像を逆回転させたような動きが面白い。同時にリヒターの劇伴音楽としての効果はどうだろう。この新作ダンスのために作曲したとのことだが、旅における時間軸と距離感、そして音楽を介在して感情の触れ合いまでを一体化させる。映画「メッセージ」での音楽が蘇ってきた。

icon-youtube-play 「シンギュリア・オデッセイ」

続く2作品は休憩30分後だった。いきなり始めのプログラムでその素晴らしさにノックアウトされた私は早速プログラムを買おうと並んだのだが、なんと途中で売り切れ。しかも今回神奈川県民ホールの前から4列目のS席だったのだが、席の段差がなく見上げる感じになってしまって意外と観づらい。全体のフォーメーションも見たかったため、劇場の人にお願いしてA席相当のサイドの2階席に変更してもらう。バレエやオペラはやはりある程度全体が見えた方がいい。

休憩後は2作品。マルコ・ゲッケ振付の「ウォークアップ・ブラインド」は若くして不慮の事故で亡くなったシンガーソングライター、ジェフ・バックリーの音楽を使用しているのだが、彼の歌声に心が揺さぶられる。それに対するダンサーの動きが妙に細かかったりするのだが、どこか昆虫を思わせるような動きは官能的でもある。今回の4作品の中でもバレエというカテゴリーから最も逸脱していたかもしれない。

icon-youtube-play 「ウォークアップ・ブラインド」

個人的にはクリスタル・パイト振付の「ザ・ステイトメント」がめっぽう面白かった。英語のテキストを読み上げる声に合わせて4人のダンサーが動くのだが、いわゆる芝居のアテレコとは違う。言葉を音楽として捉えているのである。その動きは時にユーモラスなほど大袈裟で、まるでアニメーションのような錯覚を起こさせる。これを観ると、なるほど英語というのは非常にダンス的な伸縮性のある言語なのだと思わせられる。テキストに具体的なストーリーはないが、人間同士のコミュニケーション上のちょっとしたすれ違いや衝突など、ここでもダンサーたちの見事にキレのある動きが現代社会における様々な場面を彷彿とさせ、まるで風刺画のようだ。

icon-youtube-play 「ザ・ステイトメント」

最後は「シュート・ザ・ムーン」という内省的な作品で「シンギュリア・オデッセイ」と同じくポール・ライトフットとソル・レオンによる振付である。3つの部屋に男女がそれぞれ存在する。時に部屋を隔てる扉や窓からお互いの存在を垣間見たり感じたりもする。回転する舞台上では見えない部屋の映像がダンサーたちの表情までも大きく映し出され、男女のドラマが進行している様子を窺わせる。舞台上に映像を映すのは最近オペラでも使われる手法だが、上手く使うと非常に効果的だ。グラスの音楽が物語とは逆に淡々と流れていく。このコントラスト。

icon-youtube-play 「シュート・ザ・ムーン」

今回のNDTの公演には日本人のダンサーも多数出演しており、彼らの身体的表現力の高さには驚かされた。幕間のロビーにも体型からダンサーと思しき人がちらほら見受けられ、普段出かけるクラシックコンサートなどに比べると格段に年齢層も若く、アバンギャルドなファッションの人が多くて眺めるだけでも楽しかった。ダンスという文化は若者に受け継がれているということなのだろうか。

音楽と動きと感性が見事に融合した、もはやバレエという概念を超越したコンテンポラリーの傑作の数々はまるで大掛かりなインスタレーションのようでもあった。今後もNDTから目が離せない。

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