RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
もう時効なので白状してしまうと、私はもともとあるレコード店のクラシックのCD売り場でセールスをしていた経験がある。主に輸入盤のバイヤーを任されていたので、その売れ筋を紹介するため一時期は某ラジオ番組に出演(!)したりもした。紆余曲折を経て今は自分がラジオの番組制作現場に身を置いているわけだが、CDセールスをしていた時代に多くの音楽的知識を身に付けたような気がする。当時は音大を卒業したばかりで、情けないことに自分の専攻だったピアノ以外のジャンルはほとんど聴いていなかったので、歌曲やオーケストラ曲、現代音楽などのお客さんからの質問にはほとほと困りはてていた。でも今思うと多種多様の問い合わせや質問があって面白かったので、今回はそれをもとに音楽をご紹介したい。
まず意外と多いのが自分の探している音楽が何かわからず、店頭で歌い出す人である。以前にどこかのラジオで、留守番電話に鼻歌を吹き込んでその曲をリクエストする、という番組があったが、まさにそれと同じ。今ではスマホのアプリにそんな機能があったりするらしい。便利になったものである。これは本人の歌唱力も重要だが、クラシック音楽の場合、メロディーラインがはっきりしているものは比較的わかりやすい。オペラのアリアなどはこのパターンが多かった気がする。プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の『誰も寝てはならぬ』、同じく「ジャンニ・スキッキ」の『私のお父さん』、ヘンデルの「セルセ」からの『オンブラ・マイ・フ』などが記憶に残っているが、いずれも美しい旋律が印象的な曲である。このあたりは結婚式に使われる曲としても人気が高いかもしれない。逆にメロディーがはっきりしていない曲は非常に当てるのが難しい。ストラヴィンスキーの「春の祭典」などはメロディーよりリズムが際立った曲だし、変拍子も絡んでくる。よほど正確にリズムを刻んで歌ってくれないと難しいだろう。
プッチーニ 《トゥーランドット》「誰も寝てはならぬ」デル・モナコ
プッチーニ: 歌劇「ジャンニ・スキッキ」:私のお父さん[ナクソス・クラシック・キュレーション
Ombra mai fù (Largo) オンブラマイフ(ラルゴ) -ヘンデル
スヴェトラーノフ指揮:ストラヴィンスキー:春の祭典
もう一つのパターンは「CMやTVで流れていたあの曲」といったものである。近年ではソフトバンクのCMでプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」からの『モンタギュー家とキャピュレット家』はかなり有名になった感がある。その他、ヴェルディのレクイエムの「怒りの日」、オルフの「カルミナ・ブラーナ」冒頭部の『おお、運命の女神よ』など、CM曲は耳馴染みが良い曲というよりはインパクトが重要なのか、フォルテシモで始まるような楽曲が多いのが特徴だ。
プロコフィエフ: バレエ音楽「ロメオとジュリエット」第2組曲:モンタギュー家とキュピレット家
ヴェルディ – レクイエム 怒りの日/カラヤン スカラ座
カールオルフ カルミナ・ブラーナ おお、運命の女神よ
似たようなパターンではTV番組で紹介されていたアーティストが弾いたあの曲、というのも多かった。当時の人気対談番組「徹子の部屋」での紹介が反響も大きかった気がする。現代ではさしずめドキュメンタリーでも紹介された人気ピアニストの辻井伸行や反田恭平などだろうか?
辻井伸行 ラ・カンパネラ
ドビュッシー:月の光 / 反田恭平
ある時は「ベートーヴェンの交響曲が聴きたいが、その中で通っぽいのはどれか?」と訊かれたこともある。こういう時はその人がベートーヴェンの交響曲をどのくらい知っているのかによっても変わってくる。「『英雄』や『第九』はお聴きになったことがありますか?」と探ってみて、なければまずはそこをおすすめするし、聴いていれば7番あたりをすすめる、といった具合である。誰の演奏をすすめるか、ということも意外と重要だ。「カラヤン指揮ベルリン・フィルで」と指定してくる場合も、カラヤンとベルリン・フィルの演奏が心底好きで言っているのか、いわゆる『ブランド』の安心感で言っているのかで微妙に違う。このような場合「カラヤンがなければバーンスタインで」と続いた場合は後者の可能性が高い。演奏家を指定する人はややマニアックな愛好家である場合も多いので対応に少し気を使ったりすることもあった。
交響曲第3番《英雄》(ベートーヴェン)
ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」第4楽章
【ベト7!】 ベートーヴェン 交響曲第7番・第一楽章 ヘルベルト・フォン・カラヤン ベルリン・フィル Beethoven
店が銀座の中心地にあったので、大物アーティストが来日時にふらっと売り場を見に来ることもあった。そんな時はメインコーナーに急いでそのアーティストの音源を平積みしたり、ライバルのアーティストの商品を下げたり、なんてこともあった。指揮者のジェームズ・レヴァインやベルナルド・ハイティンクなどをよく覚えている。しかし日々こんな場面に対応しているうちに自然とピアノだけでなく、オペラやオーケストラ曲、室内楽曲など様々な音楽、また演奏を聴くようになっていった。同じ曲でも演奏家によって解釈やテンポ、フレーズの扱いは全く違うし、スタジオ録音かライヴ録音か、といったところから、録音の仕方やホールによっても音は変わってくる。またCDの場合レーベルによっても個性があり、それはつまり録音エンジニアの個性によるところも大きいのだが、今ではラジオを通じてそうした録音エンジニアの方にお話を伺える機会も多いので、今までの経験は少しずつ積み重ねられていっているように思う。きっとこうしてコラムを書くこともまた、これからの番組作りに活かせると信じて続けている。人生に無駄なことはないものである。
Don Juan, James Levine, Berliner Philharmoniker, Richard Strauss
Beethoven: Symphony No 6, 3rd movement (Bernard Haitink, London Symphony Orchestra)
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