

RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
オペラというとどんなイメージをお持ちだろうか?豪華な衣装と舞台、お金持ちの趣味、言葉がわからない、恰幅のいい歌手達が何故か病に倒れたりする役を演じている……など、あまり馴染みのない人にとってはどうにも取っ付きにくいポイントが多いのかもしれない。しかしそんな人にも是非お勧めしたいのがオペラのライヴビューイングである。現地のライヴを臨場感たっぷりにスクリーンに映し出してくれて、字幕でセリフや歌詞もバッチリ。映画館での鑑賞なので通常の舞台に比べ、お小遣い価格である、というのも魅力だし、幕間には舞台裏や歌手のインタビューを楽しめる趣向がある。本編以外は編集されているため、休憩も長時間暇を持て余すこともない。しかも最近のオペラ歌手は歌の実力もさることながら、役者としての演技力を備え、かつビジュアル的にも美しい。映像で世界中に配信されることも多い現代の事情というのもあるのだろう。演出も工夫を凝らしてあり、どの演出家が担当するのかも楽しみの一つだ。
特にニューヨークのメトロポリタン・オペラはその豪華な舞台と世界の一流歌手が繰り広げる圧倒的なドラマと迫力のカメラワークにも定評がある。映画では通称メトのかつての花形スター達=ルネ・フレミングらが案内役を務め、舞台や歌手を紹介してくれるのも楽しい。そして何と言ってもその華やかな舞台は映像を通しても十二分に伝わってくる。
ルネ・フレミング
そんなこんなですっかりライヴビューイングにはまっている私である。番組で紹介したのがきっかけで、気が付けばシーズンごとに通っているのであった。
先日はそのMETライヴビューイング・プレミア試写会を観に行った。シーズンはこの秋から始まり来年の春まで。現地ニューヨークのオープニングはベッリーニの『ノルマ』だが、日本では人気にあやかって、というのもあるのだろう、モーツァルトの『魔笛』。夜の女王の超絶技巧のアリア、パパゲーノのコミカルなアリアなど聴かせどころも多い、モーツァルト晩年の傑作オペラである。この作品はジングシュピールといういわゆる【音楽劇】の形式をとっている。アリア以外はセリフで語られるため、演劇的要素が強い。親しみやすいキャラクターの登場人物が繰り広げる冒険物語で、初めてオペラを観る人にもわかりやすい。同じ時期に日本ではロイヤル・オペラのライヴビューイングも『魔笛』だったようだが、オープニングの演目としては確かにぴったりだ。
MET「魔笛」よりリハーサル映像①
MET「魔笛」よりリハーサル映像②
今回のMETでは演出がジュリー・テイモアというのも注目だ。ブロードウェイで数多くの演出をしてきた彼女の代表作は『ライオン・キング』。人形劇や操り人形の手法を用いて舞台が展開する。ゆらゆらと大きく蠢く動物達や、夜の女王の3人の侍女達は頭の上に「顔」の被り物をしているので、頭身のバランスがちょっと恐ろしくもあり、ユーモラスでもあり。こうした動きはテイモアの得意技だ。素晴らしい照明や舞台美術も合わさって、上質のファンタジーの世界を描き出していた。
もちろん出演者も素晴らしかった。王子タミーノは芯のある歌声を聴かせてくれたイタリア系のテノール、チャールズ・カストロノヴォ。容姿端麗なのが歌舞伎風メイクの上からでもわかる。なんとも愛らしい王女パミーナを演じたのは南アフリカ出身のソプラノ、ゴルタ・シュルツ。そして夜の女王はキャスリン・ルイック。あの超絶のアリアはオケとの呼吸が難しそうな場面もあったが迫力たっぷりだった。そしてベテランのバス歌手、ルネ・パーぺが存在感抜群のザラストロを。何と言ってもチャーミングだったのが、パパゲーノ役のバリトン、マルクス・ヴェルバ。豊かな表情と動き、アリアも見事に聴かせる。彼の演技につい目を奪われてしまった。そして指揮は40年に渡って音楽監督を務める大ベテランのジェイムズ・レヴァイン。お得意のモーツァルトだけに余裕綽々の指揮振りだった。とにかく役者が勢揃いの、この『魔笛』。人気演目とあって試写会はほぼ満席の状態だったが、お客さんが皆、満足していたのが終演後の表情からわかった。こんな楽しい舞台が日本にいながらにして楽しめるのだから、ライヴビューイングが人気なのも頷けるだろう。この『魔笛』は今シーズン第2作として登場する。日本での上映は12月9日からだ。是非足を運んでみることをお勧めしたい。
また第1作のベッリーニの『ノルマ』は11月18日から上映が始まる。イタリア・オペラの傑作が現地のオープニングだ。ストーリーはぐっと縮めていうと、禁断の恋の三角関係。巫女のノルマは敵国の将軍ポリオーネと恋に落ち二人の子をもうけるが、ポリオーネは若い巫女、アダルジーザに心変わりしている。裏切られたノルマは女として母として、最後に思いがけない行動に出る。第1幕での主人公ノルマの歌うアリア「清らかな女神よ」などの美しいメロディーが聴きもの。ディヴィッド・マクヴィカーの伝統美にのっとった新演出も注目で、こちらも楽しみだ。
MET「ノルマ」予告映像より
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