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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

スペイン黄金世紀の音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

9月というのは残暑が厳しい時もあれば、時折り急に秋めいたり、はたまた台風が発生したりと天候が定まらないのが難点である。

そんな時にコンサートの予定があると、悩むのは服装である。クラシック音楽の場合、あまりにカジュアルなのもいただけないし、昼のマチネーやインティメイトな会場の場合、ドレスアップし過ぎても野暮である。今日のコンサート会場は14時からハクジュホールなので代々木公園駅から徒歩5分。その日の気温は27度程度とそれほどでもないが湿度が高かったので、その5分でも汗ばむことが考えられる。私は伸びかけの髪をまとめ、上はシンプルな白のTシャツ、下はバーゲンで買って届いたばかりのシルクタフタの水玉模様のスカートで出掛けることにした。

代々木公園駅を降りて地上に出ると、曇り空の下の商店街は土曜日ということもあってそれなりに人で賑わっている。井の頭通りに向かって歩いて行くと、やはり蒸し暑い。信号の先にハクジュホールの入口がある。まずは検温と消毒。しかし少々汗ばんでしまったためか体温測定がエラー。私はどういう訳かこの手の体温測定でまともに検温できたためしがない。手首で測り直してもらい、消毒を済ませてエレベーターで7階へ上るとそこがホール会場である。

 icon-external-link ハクジュホールHP(https://hakujuhall.jp/)

医療関係の会社が運営しているだけあって、白を貴重にしてガラスの建具を用いた清潔な印象のロビーとホール。座席は世界初のリクライニングシートを導入しているそうで、確かに座り心地も抜群である。しかし端から端まで横一列なので丁度真ん中の席を用意していただいた私は、既に座っている人を何人か立たせて恐縮しつつ席を目指した。するとそこには既に年配の女性が座っている。どうやら彼女が席を一つ勘違いして座ってしまったらしいのだが、移動するのも大変なのでお互い了解の上、私が隣の席に座ることにした。するとその女性が私に「お背が高いですね」と感心したように言った。私の身長は162㎝程度なので高いというほどでもないのだが、10㎝の厚底サンダルを履いていたせいだろう。そんな風に会場で話しかけられることもコロナ禍で少なくなっているので、何だかちょっと新鮮な感じもした。

その日は私が毎回楽しみにしている古楽アンサンブル、アントネッロの定期公演だった。今回のテーマはスペイン黄金世紀の音楽。〈南蛮音楽〉として戦国時代に船乗りや宣教師たちによって日本に持ち込まれたのがこの時代の音楽である。アントネッロは以前にも九州のキリシタン大名たちによってローマ教皇のもとに派遣された少年使節団たちの悲劇からインスパイアされ、「天正遣欧使節の音楽」という素晴らしいアルバムを作っている。アルバム参加メンバーで鍵盤楽器とヒストリカルハープ奏者の西山まりえさんのブログにはこの少年たちの物語がAmazonプライムで放映された時の紹介があってこちらも興味深い。そんな彼らの源流ともいえるスペイン音楽。

icon-youtube-play 「MAGI-天正遣欧少年使節-」

アントネッロは近年新しい顔触れも増え、お馴染みリコーダーとコルネットを自在に操る音楽監督である濱田芳通さんと、通奏低音はオランダやイタリアで学び、近年本格的に日本で演奏活動をしているチェンバロの上羽剛史さん、もともとは新日本フィルのチェリストとして活躍していた経歴も持つヴィオラ・ダ・ガンバの武澤秀平さん。そして最近私も大注目のソプラノ、中山美紀さん。4人の当意即妙なアンサンブルをメインに、濱田さんや上羽さんのソロ、通奏低音2人の演奏など、構成も絶妙に組まれたプログラムである。

icon-youtube-play 濱田芳通「笛の楽園」リコーダー連続演奏会より

ハクジュホールの素晴らしい響きの中に、冒頭から濱田さんの笛の音が、まるで鳥のように生き生きと囀る。そこへ中山さんのリリカルでありながら豊かな声が絡み合う。始めこそ少々硬さがあったように思えた彼女も、すぐに水中を泳ぐ魚のように気持ち良さそうに声を転がし始めた。古い時代の音楽は装飾音が多い。声帯のコントロールができていないと到底歌いこなすことはできないが、一見可憐な印象の中山さんの見事なテクニックには舌を巻く。

また通奏低音の2人が実に丁寧な演奏でこの鮮やかなアンサンブルをしっかりと支えている。全体としてはスペインの哀愁漂うメロディーが印象的なものの、ラテンのリズムも実に心地良く、最後にはついつい身体を揺らしてその音楽に身を委ねたくなってしまった。

そんな愉悦に満ちたラスト、アンコールの前に濱田さんがマイクを持った。なんとサービスで曲のオスティナート(繰り返し)部分で写真を撮ってもよい、というお許しが出た。コロナ禍で終演後の挨拶ができないこのご時世、名古屋の宗次ホールで公演を行った際、代表の宗次徳次氏が写真のアイディアを提案したとのことで、照れ屋な濱田さんご自身は、「もし良ければ、なんですが」と控えめに言ったものの、客席の動きは早かった! 私もすぐにバッグからスマホを取り出して構えたものの、カメラマンの腕が悪いせいであまりうまく写せなかったので、プロの写真を拝借した。会場の実に温かい雰囲気が伝わると思う。


アンコールより(撮影:Studio LASP)

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