(情報提供: BEATINK)
(Photo by 古渓一道)
2015年ごろ、ジ・インターネットのマット・マーシャンズが、サウンドクラウドで、あるアーティストの曲を熱心にリポストしつづけていた。スティーヴ・レイシーのライヴ・レポでそのエピソードを出しているのだから、もちろんそれはスティーヴ・レイシーだったわけなのだが、当時は何者かもわからない若きアーティストが次々とアップする曲は、まだ荒削りなところはあったものの、どれもハッとするほど美しいメロディ・ラインと親密さたっぷりのソウルネスを持っていて、端々にプリンスやスライ・ストーンの面影がちらついていた。まだ高校生だったという早熟さも相俟って、ダイヤの原石!天才!と夢中になったのをいまでも覚えている。もっとも、原石というには当初から輝きが強すぎたのだけれど。
スティーヴはそれからまもなくしてその存在がネット上で話題になると、デュオからバンド化したジ・インターネットにギタリストとして正式にメンバー入り。名作『Ego Death』で実に8曲をプロデュースする一方で、2017年にはファースト・ソロEP『Steve Lacy’s Demo』をリリースし、さらにJ・コールやケンドリック・ラマー、ヴァンパイア・ウィークエンドといった大物たちの作品でプロデュースを務めて、ソロ・アーティストとしても一気にスターダムを駆け上った。そして、2019年4月にデビュー・フル・アルバム『アポロXXI』を発表。今回のライヴは、国内外のさまざまなメディアで高く評価された同作を携えた、まさに待望のソロ初来日公演だ。
(Photo by 古渓一道)
もっとも、ソロとしては初の来日公演だが、ジ・インターネットの一員としては(高校卒業後から)たびたび来日しており、ステージではスティーヴをフィーチャーするコーナーも。ジ・インターネットの確かなバンド・サウンドをバックに軽妙な立ち振る舞いを見せる彼は最高にイケていて、ジ・インターネットのライヴにおいてもひとつのハイライトになっていた。その姿を見ているだけに、バックDJのみを従えた編成での今回のライヴにはやや不安もあったのだが、結論としては、バンドでは見られないスティーヴをたくさん見られた、という意味でも貴重な公演だった。
「Say My Name」のリミックスからダーティー・プロジェクターズ「Stillness Is The Move」まで、スティーヴの立ち位置を表すようなDJ BAPARIのオープニングDJを経てスティーヴが登場すると、若いお客さんで満員の会場は熱気に沸く。セット・リストはアルバム『Apollo XXI』の曲順通り。ただしステージに上がったスティーヴはギターを持たず、冒頭「Only Me」から、続くメドレー調の「Like Me」の後半まではDJの流すオケをバックにマイクを握り、「Like Me」のアウトロ部分でようやくギターを手に。柔らかなストロークで弾き語るさまに、これが見たかった…と思っていると、曲が終わるやいなや何とベースに持ち替えて、「Playground」「Basement Jack」「Guide」を立て続けに披露した。まさかのベースには面食らったが、これらファンキーな曲を、低音を強調しながらファルセットを駆使して歌う様子には、彼がファンクの文脈に連なる存在であることをわかりやすく伝えていた。音盤では宅録っぽさやメロディ・センスも同程度に目立つスティーヴだが、こうして生で聴くと、楽曲のファンク成分がよりはっきりと剥き出しになる。その後、ギターに持ち替えて披露した「Lay Me Down」でのギター・ソロでは、紫のライトが反射する靄に包まれるその姿に、プリンスも思い起こしさえした。
(Photo by 古渓一道)
とはいえ、そこはデビュー・アルバムを主に妹の部屋でレコーディングしたというスティーヴ・レイシー。「Hate CD」と「In Lust We Trust」の間に披露したシンセ・ソロや、リズム・ボックスの音色が印象的な「N Side」では、彼の録音風景(妹の部屋)を覗き込んでいるような、あるいは自宅スタジオ(しつこいが、妹の部屋である)に迷い込んだかのような、妙な心地好さを覚えた。アンコールでは新曲を2曲やってくれたが、そのうちの1曲はまだデモ段階ということで、スタッフがiPhoneをPAに急いで持っていき、そのまま繋いで歌う、という滅多に見られない場面も。もはやスーパースターと言ってもいいくらいの人だが、こうしたオタク気質なところや人懐っこさが、楽曲の良さと同じくらいに彼を魅力的に映している。ライヴ中、終始ニコニコと笑顔を崩さない屈託のなさも、スティーヴのイメージそのものだった。
新曲はバウンシーなラップ・チューンだった。次のアルバムはラップをフィーチャーする場面も多くなりそうで楽しみだが、その一方で衣装チェンジ(かわいいジャケットを素肌に纏い登場)の合間に流した「Amandla’s Interlude」ではアマンドラ・ステンバーグの美しいヴァイオリンをフィーチャーしているように、その音楽性の幅の広さも、今回の公演では確かめられた。それでも、個人的に最もグッときたのは、『Apollo XXI』の楽曲のあとに続けて披露された「C U Girl」「Ryd」「Some」「Dark Red」という初期の曲たち。特に「C U Girl」の、ピュアで飾らないメロディ・ラインには、かつてマット・マーシャンズが夢中になった天性のソングライター、スティーヴ・レイシーの本領を見た気がした。バンド・セットでの公演もきっと素晴らしいだろうが、今回は今回で、彼の世界のなかに入り込めた気がして特別な空気を味わえた。逆に言えば、もっと小規模な、DJもいない彼ひとりだけの公演も見てみたい。自宅スタジオ(妹の部屋)を模したステージなんて最高じゃないだろうか。
(Photo by 古渓一道)
Text by 国分純平