

RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
ストラディヴァリウスといえばヴァイオリンの最高峰の銘器である、ということは特に音楽愛好家でなくても知っている話であろう。圧倒的な音色を持ちながら、それは選ばれた演奏家だけがその音を奏でることができる。今では残っている楽器自体も少ないためその価値は数億円とも言われ、演奏家はそのような高価な楽器を手にできる実力と、個人で所有する場合は財力も必要だ。その骨董的価値に盗難事件もしばしば起こっている。そんなエピソードにいっそう興味をそそられる人も多いのではないだろうか。
ストラディヴァリウスの歴史は今から300年前にさかのぼる。弦楽器職人、アントニオ・ストラディヴァリによって生み出されたその楽器はイタリアの街、クレモナの工房で作られた。現在残っている楽器の数は600挺ほど。ヴァイオリンが圧倒的に多く、次いでチェロ、ヴィオラ。工房ではアントニオとともに二人の息子がギターやマンドリン、ハープなども製作していたが、現在それらは数台しか残っていない。中でも楽器として価値が高いと言われるのが、父親アントニオが17〜18世紀に製作したものである。
このアントニオ・ストラディヴァリ、1644年生まれと言われているが正確な誕生日ははっきりしない。また至高の音色を持つといわれるそのストラディヴァリウスの秘密もどこにあるのか未だに解明できないところがある。そのニスに秘密があるとか、木材が特別なものであるとか、様々な研究も行われてきたが、何百年もの間の物質的な経年変化という側面もあり、その音色の正体は謎に包まれている。
その楽器としてのストラディヴァリウスの魅力をあらゆる角度から紐解いてみようという試みがこの夏から秋にかけて行われる。〈東京ストラディヴァリウス・フェスティヴァル2018〉はアジア史上合計21挺ものストラディヴァリウスを集めて、コンサートだけでなく、その歴史、音の秘密、製作過程なども含めて展示するという興味深いイベントだ。先日はそのストラディヴァリウスを用いたフェスティヴァルの幕開けとなる若手演奏家のコンサートがサントリーホールで行われ、私もその音色を聴きに行ってきた。
今をときめく若手ソリスト二人にヴァイオリニスト三浦文彰と、チェリスト宮田大、オーケストラは東京藝術大学と英国王立音楽院という日英の名門音楽大学の学生によるジョイント・オーケストラ。ソリストだけでなく、選抜オケのメンバー日英それぞれ2名ずつもストラディヴァリウスを携えて演奏するという豪華なコンサートだ。
プログラム前半は三浦文彰によるモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」と、宮田大のチェロによるカバレフスキーのチェロ協奏曲第1番がメイン。「トルコ風」は第3楽章が当時流行していたトルコ行進曲風の曲調となる有名な作品だが、三浦の余裕綽々な歌いぶりとまばゆいばかりの音色が素晴らしい。
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
またカバレフスキーのチェロ協奏曲は生で初めて聴いたが非常に新鮮で面白かった。宮田のチェロはもちろんストラディヴァリウスなのだが、ヴァイオリンのそれに比べると彼自身の個性なのか、実にチェロらしい味わい深い低音で意外なほどだったが、じっくりと聴かせてくれた。
カバレフスキー:チェロ協奏曲第1番
後半はオケのメンバーがストラディヴァリウス4挺でヴィヴァルディの4つのヴァイオリンのための協奏曲ロ短調RV580を、最後はソリスト二人による圧巻の迫力でブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲が見事だった。
ヴィヴァルディ:4つのヴァイオリンのための協奏曲ロ短調RV580
ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲
時を置かずして実はもう一つ、ストラディヴァリウスのコンサートがあった。数億円ともいわれる楽器を所有するのはいかに実力のある音楽家であってもなかなか難しい。そこで企業や団体が楽器を貸与する形も多いが、日本音楽財団はこうした楽器貸与事業を長年行っている。こちらもストラディヴァリウスを合計21挺保有して、世界的に活躍する一流の演奏家や、有望な若手に国籍を問わず無償貸与している。
中でも貴重なクァルテットは世界で6セット存在しているが、その一つ「パガニーニ・クァルテット」と呼ばれる4挺をストラディヴァリウスの故郷、クレモナの名を冠するクレモナ・クァルテットが演奏、小菅優のピアノとの共演でシューマンのピアノ五重奏曲を聴いた。クレモナ・クァルテットはいかにもイタリアらしい歌心に満ちて、ストラディヴァリウスの輝かしい音色と相まって明るい伸びやかなアンサンブル。前半のベートーヴェンの弦楽四重奏曲第8番ホ短調は低音楽器も軽い響きに聴こえ、ちょっと重心が欲しいと思っていたところだったが、後半、小菅優のしっかりとしたタッチのピアノが加わるとそれがマッチして安定感抜群のシューマンとなった。
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第8番ホ短調Op59-2
シューマン:ピアノ五重奏曲
こうして聴いてみるとストラディヴァリウスの音色はやはりヴァイオリンに特別な魔法をもたらすのかもしれない。〈東京ストラディヴァリウス・フェスティヴァル2018〉ではこの後もコンサートや展示会が六本木を中心に開催される。300年の時を経て私達を魅了し続けるストラディヴァリウス。その音色の秘密を体験できる貴重な機会となるだろう。
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