
RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
少し前にNHKのドキュメンタリーでショパン・コンクールにおけるピアノメーカーをクローズアップしていた放送を見た。コンクールに勝ち上がってくるピアニストにどれだけ自分たちのピアノを使用してもらえるか、という攻防戦があり、各メーカーの調律師たちがコンクールの最中、奔走している様子はとても興味深かった。
ピアニストにとってどのピアノを使うか、ということは言うまでもなくとても重要なことだ。タッチや音色、響き方など、それはつまりどのメーカーのピアノを使うか、ということにもなる。ヴァイオリンやチェロなどの弦楽器にしても、フルート、クラリネットなどの管楽器にしても自分が普段練習で使っている楽器を持って本番を迎える。ところがピアニストは基本的には会場にあるピアノを使わなければならない。それにはリハーサルも時間が必要だし、当然調律師との信頼関係も重要だ。今回はピアノという楽器と演奏の関係性について考えてみたい。
まず御三家と呼ばれるスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、この3つのピアノメーカーの特性をみてみよう。
スタインウェイは言わずと知れたトップメーカー。ニューヨークとハンブルクに製造拠点があり、世界中のコンサートホールでも圧倒的なシェアを誇る。産業革命以降のアメリカで市民が利用していた、音響の不十分な多目的ホールで使用するためのピアノ、というところから製造を始めただけあって、音響工学を取り入れた設計など、構造的にも強い響きを意識した作り。軽やかなタッチと華やかな音色が特徴でこれぞピアノの王者、といった風格が漂う。
スタインウェイ
ベーゼンドルファーはオーストリア・ウィーンのピアノメーカー。ウィンナートーンとも呼ばれる独特の柔らかで深みのある音が魅力だ。リスト、ブラームス、ヨハン・シュトラウス、そしてブゾーニといった作曲家ら、またジャズのオスカー・ピーターソンが愛用していたことでも知られる。特にブゾーニは通常88鍵であるピアノの鍵盤をさらに長6度低いCの音まで拡張することをリクエストし、インペリアル・モデルではこの要望に応えた97鍵のピアノが存在する。以前私が担当していた番組でも実際にその低い鍵盤を使うブゾーニの「トッカータ」を放送したことがあった。するとその増えた鍵盤の分だけ倍音の響きも変わってくる。全体的なトーンもちょっと不思議な感覚だった。
ベーゼンドルファー
もう一つベヒシュタインはドイツ・ベルリンのピアノメーカー。ピアノのストラディヴァリウスとも呼ばれる名器で、やはりリスト、ドビュッシー、ジャズのチック・コリアなどが愛用。透明感のある美しい音色は響きにこだわりを持つピアニストに特に愛されている。このベヒシュタインのピアノを使って演奏したモーツァルトのアルバムを発表しているピアニスト、稲岡千架さんを先日番組ゲストに迎えた。彼女は音律も「不等分律」という古い時代の音律法を用いて、更に演奏をするにあたって楽器の性質、調性といったところにまで非常に神経を使う。その理由も番組でじっくり語ってもらったのだが、1オクターヴを12等分する、いわゆる平均律では曖昧になってしまう音の響きが、音楽表現においていかに重要か、ということを教えてくれた。演奏も彼女のきめ細かいタッチと相まって、一層ピュアな響きが感じられるモーツァルトだった。
ベヒシュタイン
つい先日は、豊洲シビックセンターホールで行われた高橋アキさんのピアノ・リサイタルを聴く機会があった。このホールは「ファツィオリ」という比較的新しいイタリアのメーカーのピアノを置いている。このファツィオリも近年人気で、例のショパン・コンクールでもスタインウェイ、ヤマハ、カワイとともに参入している。リサイタル前半はシューベルト、後半はフェルドマンや尹伊桑という現代音楽のプログラムだったが、ファツィオリのどこかホッとする、真珠のような光沢を放つ響きが、やや強面のプログラムを柔らかく包み込むようで心地良かった。ファツィオリはバッハ弾きとして名高いアンジェラ・ヒューイットやアンドレア・バッケッティなども使用している。バッハの音楽とファツィオリの響き。そしてピアニストの個性。この三者が一体になった時にどんな演奏が生み出されるのか、今後も機会があれば聴き比べてみたい。
高橋アキ
ファツィオリ
ピアノはヴァイオリンなどに比べると個性に乏しく、ある程度のレベルであれば誰が弾いてもさほど変わらない、などと言う人もいる。前回のコラムのように「伴奏」という立場で言えば、ヴァイオリンのように歌うことはかなわない、という部分も大いにあるわけだが、楽器自体による個性というのも非常に大きなファクターだ。またそこに携わる「調律」という技術とのパートナーシップによってピアノ演奏が成り立っている、とも言える。数ある楽器の中でもひときわ大きな音を持つピアノにこれだけ細やかな要素があるということを意識して聴くと、演奏もより個性が際立ったものになるのではないだろうか。
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