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2025秋の来日公演②〜ウィーン国立歌劇場

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

この秋の来日公演で最も大きな話題になっているのは9年振りの来日となるウィーン国立歌劇場の引越し公演だろう。指揮者とオーケストラ、歌手陣だけでなく、舞台美術や演出、照明も含めて丸ごとやってくる引越し公演は、招聘元のNBSのウェブサイトにもある通り、会場である東京文化会館が来年から改修工事に入ることを考えても、今後しばらく実現しにくい。そこで友人と私は協力して発売日に満を持してチケットを購入した。

ウィーン国立歌劇場2025日本公演ポスター
ウィーン国立歌劇場2025日本公演ポスター

今回のプログラムはウィーンらしさを存分に堪能できるモーツァルトの「フィガロの結婚」とR.シュトラウスの「ばらの騎士」。両公演のセット券も発売されていたが、来日公演はオペラだけではない。他のオーケストラコンサートも聴きたいとなると、どちらかに絞るしかない。悩んだ末「ばらの騎士」に決定。しかしながらS席となると平日でも79000円! 円安と物価高騰の煽りをもろに受けている。20年位前にウィーン国立歌劇場の来日公演に行った時はA席でも3万円台ではなかったかと記憶しているので、ほぼ倍額に膨れ上がっている。ちなみに今回は寄付金付きのサポーター席やロイヤルシート席なるチケットも発売されており、ロイヤルシートなどは70万超え(!)という高騰振りである。私たちは結局B席(それでも5万円超え!)で、それもできるだけいい席を取れる可能性を考慮して、平日ど真ん中の10月22日水曜日の昼公演という、最も客足が伸びなさそうな日を選んだのだが、蓋を開けてみれば会場は満員御礼。折しも前日あたりから急に冷え込んで雨も降る中、やや高齢でリッチな客層なのは当然というところだろうか。ホワイエは華やかなオペラファンで賑わっていた。

E女史と私はその前に上野駅近くにある「ザ・アーツ・フュージョン・バイ・レカン」でランチ。飲めないためノンアルコールのスパークリングで乾杯し、気分を盛り上げる。お店もいつになく年齢層が高い感じ。このまま東京文化会館に流れるお客さんも多かったと思われる。

The Arts Fusion(公式インスタグラムより)
The Arts Fusion(公式インスタグラムより)

さてB席3階の右サイドの席は、舞台の右端がギリギリ見渡せるというところ。東京文化会館の音響は比較的どの席で聴いても遜色ない、というのが私の持論なので、まずまずの位置。期待に胸を膨らませ開演時間となった。R.シュトラウスの絢爛豪華なオーケストレーションが一気に我々をウィーンの空気に引き込む……と思ったのだが、満席の会場はいつもより音を吸収してしまうのか? はたまたオーケストラピットに入っていることもあるのか? ウィーン国立歌劇場管弦楽団の奏でる音は期待よりもややフラットで、3階席まで充分に響いているとは言えなかった。もちろん演奏そのものの質の高さは言うに及ばず、ではあったのだが。

しかし、「ばらの騎士」の真髄は第2幕以降である。オクタヴィアンが使者としてゾフィーと出会う「銀のばらの贈呈」の場面から始まる、夢見るようなハープとチェレスタのキラキラとした和音で若い二人の男女が一瞬にして恋に落ちる様子を美しく描き出す。休憩後、この第2幕でオケの音がガラリと変わった。普段演奏し慣れない異国の会場、その響き方を即座に理解して調整してきたのか。だとしたらやはり世界トップの歌劇場付きオーケストラの力量たるや、やはり並外れたものがある。

ここからストーリーもどんどん展開していくので集中力を要する。ところが、我々の座席近くの女性が舞台に熱中するあまりに前のめりになるので、どうにも視界を遮られる。隣のE女史はもろにその影響を受けてしまっていた。結局、2回目の休憩中にその女性にやんわりと注意してことなきを得たのだが、このようなトラブルで揉め事になるケースもあるので、対応は難しいところである。ところが第3幕になると今度は後方の席から何とも耳障りなガサガサという物音がする。舞台はオクタヴィアンとゾフィーと元帥夫人の最後の感動的な三重奏に差し掛かり、音楽的にも最高潮に盛り上がるところ。オーケストラも歌唱もこの頃には会場いっぱいに、シュトラウスのうねるように複雑に絡み合う華麗なる音世界を繰り広げている。その最中にあろうことか途中退場する人がいたのである。人には様々に事情もあるのだろう。けれども、あれを聴かずして帰るとか何しに来たんだろう。いや、むしろ、あり得ないんですけど?! と、個人的には思う。

icon-youtube-play ウィーン国立歌劇場「ばらの騎士」より

最後は少々愚痴めいた感想になってしまったが、オットー・シェンクの演出は非常にオーセンティックで、ストーリーとも齟齬がないので安心して観ていられる。(一方でバリー・コスキー演出の「フィガロ」が気になるところ)壮麗な舞台美術も格調の高さを感じさせ、やはりオペラは美術や衣装も大きく印象を左右するのを改めて感じた。…というわけで、私もE女史も大枚を叩いた甲斐があったと公演内容には大いに感動し、満足して雨の上野を後にしたのだった。

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