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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

2025秋の来日公演③〜ロサンゼルス・フィルハーモニック

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

10月下旬に集中した秋の来日公演の中でダークホースだったのはロサンゼルス・フィルハーモニックだろう。

土地柄ハリウッドとも関係の深いこのオーケストラは、2003年にウォルト・ディズニー・コンサートホールという新たな本拠地を得て、ますます旺盛な活動を展開している。このホールは、ロサンゼルスの人々の文化・芸術の向上を目的として建設を決定、ウォルト・ディズニーの妻リリアンがこのプロジェクトに賛同し、総額で1億ドル以上を拠出したというのがいかにもアメリカ的なエピソードである。そのアーティスティックな外観の設計は、ティファニーの宝飾デザインでも知られるフランク・ゲーリー、そして音響は豊田泰久が担当。…となれば当然のことだが、その優れた音響効果も評判となっている。

ウォルト・ディズニー・コンサートホール
ウォルト・ディズニー・コンサートホール

現在の音楽監督はベネズエラ出身のグスターヴォ・ドゥダメル。彼がエル・システマの申し子として若くして頭角を現し、シモン・ボリバル・ユース・オーケストラでデビューしたのを昨日のことのように感じるが、そのドゥダメルもクラシック音楽の本場であるヨーロッパの主要オーケストラで重要ポストをいくつも務め、アメリカの名門オーケストラ、ロサンゼルス・フィルハーモニックの音楽監督に就任したのは2009年のこと。既に17年という長い年月を経ているのに驚く。

さて、サントリーホールでの日本公演。来日ラッシュの中、ロス・フィルの来日をあまり意識していなかった私は久しぶりに1階席に座ったのだが、ドゥダメル&ロス・フィルというビッグネーム公演ながら周りに空席がちらほら。翌日はマーラーの「復活」があったので、そちらの方にファンが流れた可能性もあるが、少し割を食った感じだろうか。

LAPhil2025来日公演プログラム
LAPhil2025来日公演プログラム

この日はジョン・アダムズの「狂乱」、そしてストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」と「春の祭典」といういかにもロス・フィルらしいプログラムに期待が高まる。既に舞台ではオーケストラが準備を始め、各々が楽器を確認し、チューニングを始めている。その大編成にまずは目を見張った。第1ヴァイオリンだけで8プルト、計16人。打楽器は右寄りに配置し、中央には真っ赤な支柱のハープが目立つ。その奥にピアノ。舞台狭しと楽器が並んでいる。こうなると拍手とともに団員が舞台に登場するのは難しい。コンサートマスターだけが遅れて登場となった。ロス・フィルは長年務めたコンマス、マーティン・シャリフォーが今季で退団し、現在は空席とのこと。この日は韓国系の女性奏者がゲストコンサートマスターだった。先のショパンコンクールでもそうだったが、アジア勢の台頭は世界の名門オーケストラでも同様だ。比較的小柄なドゥダメルがオケの間を縫うようにして登場。無駄のない動きですぐに指揮台に上がる。
単一楽章の小交響曲でもあるこの「狂乱」は初っ端から打楽器のリズムが炸裂する。映画音楽でも活躍するジョン・アダムズの作品は現代音楽とはいえ、非常に明快で、このリズムに乗って抵抗感なく、未知の曲に引き込まれていく。アダムズの親友であるサイモン・ラトルに献呈されたというこの曲はこの日が日本初演となった。

この類まれなるリズム感はアメリカ屈指の実力を誇るオーケストラとラテンの血が流れる俊英指揮者の十八番。続く「火の鳥」でも圧倒的なストーリー描写力とダイナミックな高揚感が、完璧ともいえる金管楽器群のテクニックの上で踊り出す。そうなると終曲のクレッシェンドの直後に来る一瞬のパウゼがジェットコースターのようにスリリングだが、それもドゥダメルの迷いのない指揮はいささかの澱みなく爆発へと導いた。客席はフィナーレを迎えたように盛り上がり、大歓声の拍手で休憩となった。

icon-youtube-play ストラヴィンスキー「火の鳥」リハーサル風景(LAPhil公式)

「春の祭典」は初演からその前衛的な内容に大混乱を巻き起こした作品である。ストラヴィンスキーがロシアの名プロデューサーであったセルゲイ・ディアギレフが主宰するバレエ団「バレエ・リュス」のために作曲したバレエ音楽。原始的なリズムと和声法、天才ダンサー、ニジンスキーの振付けもそれまでのバレエの概念を覆すものだった。それから100年以上の時を経て、これだけコンサートで数多く演奏される楽曲もないだろう。現代では指揮者にとってもこれを振りこなすことは一つの試金石となっている。

icon-youtube-play ストラヴィンスキー「春の祭典」(LAPhil公式)

ドゥダメルはこれだけの大編成オーケストラをアグレッシブにドライブしながら、原色の色彩感を損なわずに尚且つ洗練を纏わせる、という離れ業をやってみせた。それはハリウッドという巨大エンターテイメントのお膝元で活動するオケならではの「魅せる音楽」でもあった。極上の演奏を披露したロス・フィルは、演奏が終わると余裕たっぷりで拍手に応える。今季でロス・フィルを去るというドゥダメルも、舞台中央で喝采を受けるよりもオケと各奏者を称え、わりとクールに舞台を去って行った(アンコールもなし。そのおかげで写真を撮り損ねた)。そっけないくらいだが逆にこなれた感じもして、ちょっと悔しいくらいカッコいいのだった。

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