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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

2025秋の来日公演①〜チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

音楽の秋到来。そして今年は来日公演が大ラッシュ状態である。ところが円安の煽りを受けてチケット代は軒並み高騰している。音楽ファンも厳選してチケットを入手しなければならない。…となると主催側としてはプロモーション活動も非常に重要になってくる。ありきたりの宣伝ではなかなか他に差をつけることができないからだ。そんな中、意表を突いたPR動画を制作したのがチェコ・フィルハーモニー管弦楽団だ。

その動画はSNSで普段クラシック音楽に馴染みのない人たちにも注目を浴びた。なにしろ舞台が日本の銭湯だったり、商店街だったり、コインランドリーだったりと、およそ伝統的なクラシック音楽の世界からかけ離れたようなイメージの日本で市井の人々が登場し、日常生活の中でチェコ・フィルについて熱く語っているのだから。

icon-youtube-play チェコ・フィルPR動画

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団はその名の通り、首都プラハのルドルフィヌムを本拠地とするチェコのオーケストラ。その歴史は1896年まで遡る。設立には「モルダウ」を含む連作交響詩「我が祖国」で有名な作曲家、ベドルジハ・スメタナが深く関わり、最初のコンサートの指揮はあのアントニン・ドヴォルザークだった。

ベドルジハ・スメタナ
ベドルジハ・スメタナ

しかしチェコ・フィルは国の政治情勢にも翻弄されながら歴史の中で漂ってきた。1919年にヴァーツラフ・ターリヒが首席指揮者となると、名実ともに国を代表するオーケストラとして歩み始める。この頃、チェコスロヴァキア共和国が建国、国外ツアーは国家としてのプロモーション活動も担った。しかしやがてナチス=ドイツによるチェコスロヴァキア解体。ナチスによる干渉も多くあった中、「我が祖国」はナチスに対する自由と抵抗のシンボルとして演奏されるようになった。1942年に首席指揮者に就任したのがラファエル・クーベリック。彼は「プラハの春音楽祭」を設立するなどオーケストラの信頼も厚かったが、祖国が共産化することを嫌い、イギリスへ亡命。1950年に首席指揮者となったのはユダヤ系のカレル・アンチェルだ。妻や子を虐殺で失いながらもホロコーストから生還した人物である。アンチェルは精力的に国外ツアーを行うが、1968年のアメリカ演奏旅行中に勃発した「チェコ事件」により、今度はソ連の軍事介入となった国に帰ることを断念して亡命。祖国の地を再び踏むことなく亡くなる。そしてチェコ・フィルはヴァーツラフ・ノイマンの時代へ。この頃には録音活動も活発に行われるようになる。

icon-youtube-play 1990年「プラハの春」クーベリック指揮チェコ・フィル

やがてビロード革命とともに1990年には亡命先からクーベリックが帰国。プラハの春音楽祭のオープニングで「我が祖国」を指揮、感動的な凱旋公演となった。2000年代に入るとイルジー・ビエロフラーヴェクが首席指揮者に就任。その後はドイツ人のアルブレヒト、ピアニスト出身のアシュケナージ、「のだめカンタービレ」にも出演したマーツァル、日本でも人気の高いインバルと続き、その後再びビエロフラーヴェクが指揮台に立つことになるが、2017年に死去。現在はロシア出身のセミヨン・ビシュコフが音楽監督となっている。

今や世界的なオーケストラとなったチェコ・フィルだが、歴史を辿ると苦難の時代も長かったのである。その時代を担ってきた歴代指揮者の演奏について、銭湯でおじさんたちが関西弁で熱く語るCMは音楽ファンならば感慨もひとしおだろう。それにしてもこの日本文化への造詣の深さに胸が熱くなる。これが伝統芸能や日本三景といったオフィシャルな賛美ではなく、下町や商店街、女子高生や推し、など至って現在進行形の日常の中にチェコ・フィルの歴史を落とし込んでいるのが素晴らしいのだ。

このCMを観てあまりのセンスの良さにぶっ飛んだ私は、予定になかったチェコ・フィル公演を慌ててスケジュールに組み込んだ。既にチケットはほぼ売り切れていたのだがNHK音楽祭での「我が祖国」だけが僅かに席が残っていた。「なんでヤナーチェクはやらないんだ!」というCMと同じ気持ちが私の中にももたげていたけれど、やはり「我が祖国」全曲をチェコ・フィルのライブで聴く、というのもなかなか濃い体験だろう。

icon-youtube-play スメタナ「モルダウ」ビシュコフ指揮チェコ・フィル

NHKホールは音響が今ひとつなのは否めない。実をいうと2曲目の「モルダウ(ヴルタヴァ)」までは弦と管のバランス、アンサンブルがやや整わず、肝心の川が緩やかに流れていかないように感じるところもあったのだが、3曲目の「シャールカ」以降はチェコ・フィルの底力を感じさせ、管楽器群にパワーが漲っていた。特に4、5曲目の「ターボル」と「ブラニーク」は歴史的な苦難を乗り越えてきたチェコ人たちの民族意識を象徴する曲。かつてナチスがこの2曲を演奏禁止にしたことからもその愛国心を鼓舞する背景が窺われる。チェコ・フィルの魂は「我が祖国」とともに現代にも確かに受け継がれているのだろう。来季は再びチェコ人であるヤクブ・フルシャが首席指揮者となり、新たな時代を迎える。

ヤクブ・フルシャ
ヤクブ・フルシャ

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