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RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
フランチェスコ・トリスターノというピアニストをご存知だろうか?長身痩躯で巻き毛と彫刻のような顔立ちは一見モデルか俳優のようにフォトジェニックだ。
ルクセンブルクで生まれ、地元ルクセンブルク音楽院とパリ市立音楽院、またアメリカのジュリアード音楽院で学んだトリスターノはアメリカ留学時代にDJやターンテーブルに触れ、テクノ・ミュージックを取り入れた自作も作曲している。音楽好きの両親のもと、幼い頃からジャズやポップスなどにも親しみ、世界中を旅していた彼は、実に6ヶ国語を話すコスモポリタンでもある。バッハとジョン・ケージを組み合わせた「バッハ・ケージ」や、ブクステフーデと自作のアルバム「ロング・ウォーク」など、バロックの作品と自作や現代音楽の作曲家の作品をミックスした個性的なプログラムを発表して独自の音楽世界を築いている。日独ハーフのピアニスト、アリス・紗良・オットとのデュオでも話題を集めたアルバム「スキャンダル」も記憶に新しい。
「バッハ・ケージ」
「ロング・ウォーク」よりブクステフーデ
「スキャンダル」からアリス・紗良・オットとの共演
しかしこうしたコンセプト・アルバムを発表するアーティストというのはとかく色眼鏡で見られやすいことも確かだ。彼は2004年のオルレアン20世紀音楽国際ピアノ・コンクールでの優勝など、コンクールでの実績もさることながら、10代の頃からプレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団など著名なオーケストラとの共演を行なっていることからもわかる通り、その確かな技術と音楽性は折り紙つきだ。
先日、そのトリスターノと指揮者クリスチャン・ヤルヴィがタッグを組んだ、「クリスチャン・ヤルヴィ・サウンド・エクスペリエンス2017」というコンサートを聴いた。これはすみだトリフォニーホール開館20周年記念として行われたもので、クリスチャンの言葉によると、「伝統的なレパートリーにおける過去の偉大な名曲とポップ・カルチャーの架け橋を目指す」ものだそうだが、実際にとても刺激的なコンサートだった。マチネー公演だったため少し控えめではあったが、照明もクラブ仕様といった趣で、色とりどりのネオンのように舞台前方のパイプオルガンを照らしていた。
前半は2曲。どちらも伝統的な音楽語法というよりは、よりポップス的なアプローチの音楽だ。始めにクリスチャン・ヤルヴィの自作、「ネーメ・ヤルヴィ生誕80年のためのコラール」。彼の父、やはり世界的名指揮者であるネーメの80歳の誕生祝いのために作曲された。本来コラールとは英語で「Choral」と表記されるが、クリスチャンは自身のイニシャルのKを用いて「Koral」としているのが面白い。続くトリスターノ作曲のピアノ協奏曲「アイランド・ネーション」はまさに『島国』である日本では初演とのこと。これもオーケストラ=「大海」がリズムを刻み、その上をピアノ=「島国」が浮かび、インプロヴィゼーションが繰り広げられる。これが実にスリリングなグルーヴ感を醸し出していた。トリスターノもヤルヴィもテクノやポップミュージックをごく当たり前に聴いて育った世代。彼ら比較的若い世代の音楽家がクラシック音楽を演奏する時、こうした感覚がごく自然に表れてくるのは当然のことだ。そして私も含めてそれを聴く聴衆も、より若い世代にとって親和性のあるものになったに違いない。
ピアノ協奏曲「アイランド・ネーション」
後半はちょっと刺激的過ぎたプログラムを軌道修正するように、とはいえ、なかなか捻りを効かせたもの。ワーグナーの「ニーベルングの指輪」の重要な部分を抜粋し、ヘンク・デ・フリーヘルが編曲した『オーケストラル・アドヴェンチャー』。何しろ『指輪』は上演するだけで4日間かかるという超大作。物語=音楽の重要なポイントをわかりやすくまとめて聴けるのは非常に合理的でもあり、こういう取り上げ方もやはり世代感覚なのか、という気もした。
私が今回のコンサートで俄然注目したフランチェスコ・トリスターノだが、近頃ニューアルバムを発表した。タイトルは「ピアノ・サークル・ソングス」。この中からの楽曲がコンサートのアンコールにも演奏された。今回のアルバムではカナダのマルチ・アーティスト、チリー・ゴンザレスとのコラボレーションも注目だ。(彼はやはり新感覚のヴァイオリニスト、ダニエル・ホープとも共演している。)刺激的でエッジの効いた今までのトリスターノとは一味違う、彼流の『無言歌』ともいうべきメロディアスな響きのピアノ・アルバム。これは彼が父親となったことと深く関わっているという。
「ピアノ・サークル・ソングス」
バッハやモーツァルトも彼らの生きていた時代にはその音楽は現代音楽だった。次世代のアーティストたちの感覚を従来のクラシック音楽の語法と違っているからと切り捨てるのは簡単だ。しかし時代は常に先に進んでいる。クラシック音楽だけが旧態依然としていることにもはや無理がある。そこに新しい感覚を注入してこそ、次の世代に愛されるジャンルの音楽になるだろう。私は今回のコンサートを素直に「かっこいい」と思ったのだった。
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