
RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
父が幻想絵画を好んでいたせいか、私の実家の本棚にはマグリットとかエッシャーとかの本がたくさん並んでいた。私も子供の頃からそういったものを眺めて育ってきたので、その延長線上に絵画やいろいろな芸術作品への趣味が反映されている気がする。先日出かけた渋谷Bunkamuraのザ・ミュージアムで行われている「ルドルフ2世の驚異の世界展」はそんな私にとってまさにツボの展覧会であった。神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ2世の壮大なクレクションの一部とそれに関係する品々を集めた展覧会である。あのハプスブルク家出身のルドルフ2世は政治にはあまり関心を示さなかったが稀代のコレクターとして知られる。1583年には首都をウィーンからプラハに移してあらゆる芸術、文化、そして科学に愛情を注ぎ、膨大なコレクションを収集した。お気に入りの芸術家や科学者もヨーロッパ中からたくさん宮廷に招いたという。16〜17世紀にかけてのこの時代は望遠鏡が発明され、ガリレオの登場などで天文学が発達した時代。それと同時に占星術や錬金術もまだ関心を集めていた。更にカトリックとプロテスタントの宗教戦争など混沌とした時代の空気の中、ルドルフ2世のもとでプラハは独自の文化が育まれていった。
あらゆる美術品のコレクションとともに動植物を愛したルドルフ2世は馬の愛好家でもあり、生きた動物を集めた動物園も所有していた。お気に入りのお抱え画家の一人、ルーラント・サーフェリーはそこで見た動物たちをモティーフにした優雅で美しい動物画をいくつも描いている。印象深いのは「動物に音楽を奏でるオルフェウス」という作品だ。オルフェウスはギリシャ神話に登場する吟遊詩人。竪琴の名手で動物をも魅了するほどの美しい音色を奏でた。エウリディーチェという乙女と結婚するが、ある時エウリディーチェは蛇に噛まれて死んでしまう。オルフェウスは冥界の王、ハデスに頼んで彼女を返してくれるよう懇願する。ハデスは地上へ戻るまでに彼女の方を振り向いてはならないことを条件にその願いを承諾する。しかしオルフェウスは後一歩というところでエウリディーチェの方を振り向いてしまい、彼女は再び冥界へと去ってしまうという物語。これは数々の名画の他、オペラの題材としてもたくさんの作曲家が用いている。
現代でもグルックのオペラは有名で、その中の「精霊の踊り」は様々な編曲によってフルートやヴァイオリン単独でも演奏されることが多い。
グルック:精霊の踊り
また昨年生誕450年でもあった同時代の作曲家ではなんといってもモンテヴェルディの傑作「オルフェオ」だ。これをきっかけにモンテヴェルディの作品はあちこちで演奏される機会が増えたが、優れた古楽器奏者が大勢存在するようになった現代において、ますますその偉大性がクローズアップされつつある作曲家である。
モンテヴェルディ:オルフェオ
さて話を展覧会に戻すと今回の目玉でもある画家はジュゼッペ・アルチンボルドだ。ルドルフ2世に贈られた有名な「ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世像」は様々な季節の果実で構成された皇帝の肖像画だ。アルチンボルドは他にも魚や鳥、花などのモティーフを使って人物画を描いている。子供の頃、私はこれらの人物画を図録で見たことがあった。怪しくて不気味で、しかし不思議に魅力的な絵は強く印象に残っている。この肖像画は四季の果実で表される森羅万象を司る皇帝への賛辞となっていて、ルドルフ2世自身がこの絵を大変気に入ってアルチンボルドに高い位を与えたという。皇帝は幻想や摩訶不思議の世界への陶酔、収集癖や生涯独身だったということからも、かなりのオタク気質だったことが窺える。
今回の展覧会は当然ながら美術品が中心だが、この時代の音楽に寄せて考えていたら面白い音源を見付けた。ずばり「皇帝陛下万歳!プラハ1609年〜神聖ローマ皇帝ルドルフ2世の音楽」というタイトルだ。ルドルフの宮廷楽長であったフィリップ・デ・モンテ、その弟子カール・ライトン、ルドルフの側近で作曲もしたチェコ貴族クリシュトフ・ハラント・ス・ポルジツ・ア・ベズドルジツ、錬金術師であり作曲家、典医でもあったミヒャエル・マイヤー、宮廷音楽家フランツ・ザーレス、アレッサンドロ・オロロージョといった作曲家の作品を集めた珍しいディスクで、チェコの代表的なレーベル、スプラフォンから発売されたもの。しかも録音会場はルドルフ2世が狩猟に使った有名な城だという。フラテルニタス・リッテラトルムというルネッサンス音楽を得意とする演奏団体が奏でるライトンの7声のミサ「皇帝陛下万歳!」はまさにこの時代の栄華を反映したものであろう。タイトルの1609年はこの曲を含むライトンの曲集が出版された年でもあり、ルドルフがチェコの信教の自由を認めた年でもある。ここからチェコの芸術文化は更に花開いていくのである。
カール・ライトン:哀歌
音楽とともにルドルフ2世の不思議と幻想の世界がお気に召したら3月11日まで開催されているこの展覧会へ是非足を運んでみてはいかがだろうか。
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