RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
METライブビューイング。ニューヨークのメトロポリタンオペラの上演を映画館でお小遣い価格で観ることができ、一流歌手のパフォーマンスはもちろん、幕間のインタビューや舞台裏も紹介されるなど盛りだくさんの内容は、担当するミュージックバードの番組やTOKYO FM SYMPHONIAでも度々紹介していて、私自身も毎シーズン楽しみにしている。2018-19シーズンもいよいよ開幕、ということで、先日そのプレミア試写会に行ってきた。
開幕はそれにふさわしい華やかな演目、ヴェルディの歌劇「アイーダ」。戦乱の古代エジプトを舞台に、囚われて奴隷となったエチオピアの王女アイーダと、若きエジプトの武将ラダメスの悲恋を描いたこのオペラは、サッカーの試合などでもお馴染みのテーマ「凱旋行進曲」がとりわけて有名である。全体は全4幕となっており長大だが、その壮大な音楽とスケールの大きい豪華な舞台は最も人気の高いオペラの一つである。
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より凱旋行進曲
今回主役のアイーダを歌うのは、METの顔ともいえるアンナ・ネトレプコ。ロシア出身のソプラノで、指揮者ゲルギエフに抜擢されデビューを飾ってから、その美貌と演技力でめきめきと頭角を現し、現在では誰もが認めるプリマドンナだ。近年では少し声のトーンに重みを増してきたが、その説得力のある表現と歌声は観る者を圧倒する。
アンナ・ネトレプコ(Sp)
その恋敵となるエジプトの王女、アムネリスにはジョージア(グルジア)のメゾ・ソプラノ、アニタ・ラチヴェリシュヴィリ。彼女もまた迫力たっぷりの容姿と厚みのある深い豊かな歌声で聴かせる、今乗りに乗っている歌手である。
この二人がラダメスを巡って恋のライバルとなるわけだが、とにかくすごい迫力だ。現代の日本における草食男子では到底太刀打ちできないであろう、女二人の恋への情熱と国の王女としてのプライドが対決する。その恋人ラダメスにはラトビアのテノール、アレクサンドルス・アントネンコ。硬質の声を持つテノールだが、それだけに高音のアリアでは一途で純粋な若者の心情が伝わってくる。他にもベテランから若手まで実力派が脇を固めて隙のないステージを繰り広げた。
この「アイーダ」、やはり第2幕が視覚的にも最大の見せ場だが、そこに至るまでとその後に続く舞台の流れは、音楽が実に素晴らしいまとめ役となっている。時代や人物の心情を捉え、的確な描写で奏でるヴェルディの音楽に改めて感動する。有名な「凱旋の場」には合唱が加わるが、これが神殿の舞台背景とともに壮大な雰囲気をもたらすのは言うまでもない。また歌手達の技量が浮き彫りになる重唱も聴きどころ。これだけ大勢のキャストが登場するだけでも、このオペラのゴージャス感はただ事ではないが、舞台の昇降など、大道具の転換もそれこそ昔は命懸けだったところを、機械化とシステム化でかなり安全に素早くできるようになっている。こんな舞台裏の話もスタッフや劇場の支配人のインタビューから窺い知れるのが楽しい。
またカーテンコールでネトレプコが衣装のスリット入りドレスで登場したのだが、わざと足を開き気味に立つことで、スリットを強調していたのはさすが、と思った。エジプトらしく足元はフラットなサンダル。エキゾティックな魅力を存分に発揮していて、もはや女優のように自分の魅せ方を知っている。
古代エジプトの衣装や舞台美術も素晴らしい。ソニヤ・フリゼルの演出は王道だが、「アイーダ」ではしっくりくる。こうした重量感ある舞台作りは、これぞオペラ、といった醍醐味がある。METならではの贅沢さを存分に堪能でき、オープニングの華やかさを味わった。
今シーズンの他のラインナップも注目したい。ニコ・ミューリーの「マーニー」や、プーランクの「カルメル会修道女の対話」など珍しい演目も興味深いところだ。
プーランク:歌劇「カルメル会修道女の対話」
ここから個人的な話になる。去る10月4日、ミュージックバードで一緒に番組をやらせて頂いていたオーディオ評論家の村井裕弥さんが亡くなった。先月もいつも通り収録を終え、亡くなった日の翌週にも収録を予定していた。突然の訃報だった。
オーディオに関しては全くの素人の私がディレクターだったことでご迷惑を掛けたことも多々あったことと思う。でもいつも優しく気を遣って下さって、「清水さんが楽しそうにしていることが、いい番組をやれているということだから」と仰っていたのが今でも思い出される。村井さんはオペラが大好きだった。往年の指揮者や歌手の名盤、私もあまり知らない珍しい作品、秀逸な録音のオペラなど、いろいろ勉強させて頂くことも多かった。ジャズにも造詣が深く、クラシック以外の音楽も番組を通していろいろ楽しませて頂いた。いつも収録の日には村井さんお気に入りの定食屋さんで一緒にランチをとっていたのだが、それももうできないのかと思うとやはり寂しい。
最後に番組のテーマ曲だったカルロス・クライバーの指揮するヨハン・シュトラウス2世の「加速度ワルツ」を聴いて村井さんのご冥福をお祈りしたい。
J.シュトラウス2世:加速度ワルツbyカルロス・クライバー(指揮)
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