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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

戦争の歴史と音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

そろそろ2018年も終わりを告げようという時期、世は忘年会シーズンである。しかし小規模な現場だと番組単位で忘年会ということは少ない。年末年始の休みに備えて、通常の収録番組のスケジュールが早まったり、特番があったりとラジオの制作現場はなにかと慌ただしい。

しかし先日、とある忘年会前に時間があったので、映画の試写会に行った。作品は「ナチス第三の男」。ヒトラー、ヒムラーに続く、ナチの高官だったラインハルト・ハイドリヒの暗殺計画を描いた実話にもとづく映画。原作はフランスの作家、ローラン・ビネの小説「HHhHプラハ、1942年」で、ゴンクール賞や、日本でも本屋大賞翻訳部門第一位を受賞するなど話題となっている。

ラインハルト・ハイドリヒはあのヒトラーさえも恐れたという、忌まわしきホロコーストの首謀者である。その冷徹極まりない手腕と風貌から〈金髪の野獣〉と渾名され、ナチスが勢力を拡大する中で絶大な権力を掌握した。もともとは海軍将校だったハイドリヒは女性問題から軍法会議で海軍籍を剥奪され、妻となる女性リナがナチ党員だったこともあり、彼女の励ましから奮い立ち、党内での地位を固めていく。徹底した諜報活動に始まり、外敵はもちろん、内部の反逆も容赦せず粛清するその徹底ぶりは凄まじく、戦時下という状況においてもここまで残酷になれるものだろうか、と極限状態に顔を見せる人間の底知れぬ残忍さに戦慄する。

ストーリーはナチスの第三の実力者でチェコの副総督となったハイドリヒの暴走を止めるべく、在英チェコ亡命政府が2人の若い兵士を送り込み、彼の暗殺計画を企てる。用意周到な準備のもと、ついにハイドリヒは銃弾に倒れるのだが、その後のナチの報復も容赦はない。匿った一般市民を拷問にかけ、村をまるごと消滅させる。そしてついにはレジスタンスの潜伏する教会を突き止めるのだが……。映像ではこうしたエピソードが真に迫り、拷問のシーンなどちょっと心臓の弱い人は憔悴してしまうのではないかと思うほどだ。

icon-youtube-play 映画「ナチス第三の男」予告編

このラインハルト・ハイドリヒ、父は作曲家でハレ音楽学校を創設するなどしているそうだ。「ラインハルト」という名は父ブルーノが作曲したオペラ『アーメン』の主人公からとったという。ミドルネームの「トリスタン」もワーグナーのオペラから付けられた。映画の中でもハイドリヒが息子に音楽を教えるシーンが出てくるが、本人もヴァイオリンを弾くなど音楽の才能があったようである。あのヒトラーも画家を志していたが、エゴン・シーレという才能の前に諦めたというが、もし彼らが芸術家として生きていたなら、あのような悲劇は起きなかったのではないか、と歴史の皮肉を感じずにはいられない。

icon-youtube-play ワーグナー:歌劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死

ナチス・ドイツの思想=国家社会主義が文化芸術にまで及んだのはここでいうまでもないだろう。音楽では「真にドイツ的な音楽」、すなわちベートーヴェン、ワーグナーなどは普及させる一方で、ユダヤ人の血をひくメンデルスゾーンやマーラーなどは退廃音楽の烙印を押され、演奏を禁止された。

またユダヤ人排斥は多くの音楽家たちに影響を与えた。有名なのは〈ヒンデミット事件〉である。当時ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とベルリン国立歌劇場の音楽監督だったヴィルヘルム・フルトヴェングラーがヒンデミットのオペラ『画家マティス』の初演の準備を進める中、ナチスからの上演禁止に抗議して新聞に論評を掲載した事件である。これがナチスの怒りを買ったのは当然だった。フルトヴェングラーはスイスへの亡命を余儀なくされるまで、戦時下のベルリンで演奏活動を続けた。都市が陥落する2週間前まで演奏会を行なっていたというベルリン・フィルもすごいものだ。停電や空襲が頻発する中、音楽を奏でるーー。いったい何が彼らをそうさせたのか。この時期のベルリン・フィルとフルトヴェングラーによる放送録音を集成した音源がベルリンフィル・レコーディングスという自主レーベルから12月31日に発売されるのも注目したい。

icon-youtube-play ヒンデミット:交響曲「画家マティス」

そして戦後、ナチへの協力疑惑で裁判にかけられたフルトヴェングラーが指揮活動を禁止され、瀕死の状態だったベルリン・フィルを率いたのが、伝説の指揮者セルジュ・チェリビダッケである。1947年にはベルリン・フィルに復帰したフルトヴェングラーだったが、彼の死後、この楽団の常任指揮者となったのはチェリビダッケではなく、あのヘルベルト・フォン・カラヤンだった。

icon-youtube-play 劇音楽「真夏の夜の夢」序曲byフルトヴェングラー

まさに音楽の歴史は戦争と切り離せない物語がある。こうした歴史物語を録音とともに聴く番組が、衛星デジタル音楽放送ミュージックバードのクラシックチャンネルで始まる。解説は私も仕事で大いにお世話になっている音楽評論家の山崎浩太郎さん。新番組「夜ばなし演奏史譚」は来年1月から。また映画「ナチス第三の男」も同じく1月25日からTOHOシネマズ・シャンテ他で全国順次公開である。

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