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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

「ドン・ジョヴァンニ」〜日本語上演at東京芸術劇場

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

モーツァルトの4大傑作オペラといえば「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コジ・ファン・トゥッテ」「魔笛」と現在でも度々上演される人気ある演目が並ぶ。思えば私が高校生の時に初めて観たオペラは「フィガロ」だった。このモーツァルトの作品はオペラ初体験としてもぴったりだと思う。何しろストーリーが楽しいし音楽も素晴らしい。

icon-youtube-play 歌劇「フィガロの結婚」

icon-youtube-play 歌劇「魔笛」

モーツァルトが天才音楽家なのは誰もが納得するところだが、この4大オペラを平たく言ってしまえばそのテーマは男女の下世話な恋愛話である。不倫、三角関係、二股三股……etc。今も昔も変わらない人々の日常の中の恋愛のあれこれを描いているわけである。オペラが高尚なものと誤解している人は多いが、実際観てみると実に共感できることも多い。

下ネタ(!)も含む、こうしたストーリーが当時のヨーロッパ、とりわけプラハで人気を博し、劇場の依頼により書かれたのが「ドン・ジョヴァンニ」だ。台本は「フィガロの結婚」に引き続き、当時のヒットメーカーのロレンツォ・ダ・ポンテ。スペインの好色男「ドン・ファン」伝説に基づいている。今回観に行った舞台はその「ドン・ジョヴァンニ」を日本語で上演、しかも演出はあのカリスマダンサー、森山開次だという。そして指揮は井上道義。何やら通常とは違ったものが観られるのではないか、とわくわくして出かけた。

icon-youtube-play 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」

icon-youtube-play 東京芸術劇場シアターオペラ「ドン・ジョヴァンニ」日本語上演

会場は池袋の東京芸術劇場大ホールで2000席近い規模を誇る。通常はコンサートホールとして使われているので、やはり残響が豊かである。舞台の前に箱のようにオーケストラピットを設けて、オケピの前にもエプロンステージがあった。今回の演出は何しろダンスが注目なのでこうした舞台セッティングがどのように使われるのか興味津々だった。通常のオケピよりは少し高めの位置にあったので、序曲が始まった途端に音がグッと力強く響いて聴こえてきた。オケは読売日本交響楽団だったが、さすがは百戦錬磨のオケである。

日本語での上演ということで、アリアに関しては英語と日本語の両方が字幕に表示された。いわゆる台詞に当たるレチタティーヴォも日本語だが、これは字幕表示なし。しかし実際のところ、日本語がクリアに聞こえてくるか、というとそうでもない。座席の位置とホールの残響のせいもあるだろうが、大体の話の筋をわかっていないとなかなか理解するのは難しいのではないか。母音が多く、アタックの足りない日本語をオペラ的な発声で発音することの難しさ。しかも主役のドン・ジョヴァンニ役はロシア人のバリトン歌手、ヴィタリ・ユシュマノフである。彼は日本在住で日本歌曲などのCDも出しているが、それを聴いた時は驚くほど滑らかな日本語で歌うので驚いた。しかし台詞に近い日本語となると、やはり勝手が違うのかもしれない。

また言語を変えると当然音楽のリズムも変化する。それが本来の音楽を歪めてしまうこともある。私は以前、作詞家の松本隆さんが訳詞をしたシューベルトの「冬の旅」のリサイタルを聴いたことがあったが、リートは言葉の意味や世界観が重要なので、脳内で日本語への変換の必要なく、ダイレクトに響いてくるのは実に効果的だったのを経験した。もちろんドイツ語やイタリア語をダイレクトに理解できればそんな必要はないのだろうけれど。今回の日本語訳はおそらく、現代の私達にも直に響くように工夫したものだったとは思うが、原語で歌い慣れている歌手達にとっても難儀したのは想像に難くない。しかし日本のオペラ界でも実力派の歌手が脇を固め、それぞれ聴き応えのある歌唱だったことは確かだ。

もう一つ物足りなかったのは森山開次による舞台演出が想像したよりもずっとおとなしかったことである。アリアが多い「ドン・ジョヴァンニ」はともすれば動きが単調になりやすく、そこが演出の見所でもあるのだが、期待していたダンスはアリアの部分ではクローズアップされなかったので、アリアとダンスとのどんな絡み合いがあるのか、と期待していただけに少々拍子抜けしてしまった。もっとダンスを前面に押し出した演出もありだったのではないだろうか。そこはオペラ初演出ということで多少遠慮があったのかもしれない。しかし出番が思ったより少なかったとはいえ、ダンサー達の踊りは見事なものだった。鍛え抜かれた肉体から自由自在に動き回る彼らのダンスを見るだけでも一見の価値があったといえるだろう。

客層はオペラを観慣れた人達、というよりはやはり初めてオペラを観る人も多かったのだろう。年齢層もいつもより若い印象だ。舞台としては意欲的な試みがいくつもあって興味深かったし、周りの人たちも楽しんでいた様子が窺えた。

終演後、ちょっとだけ指揮の井上道義さんにご挨拶する機会を得たのだが、少しプリーツ加工を施したタキシードがとても素敵で、それをまた見事に着こなしている姿はドン・ジョヴァンニもかくや、という風情だった。

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