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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

極私的コンサート日記

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

前回のコラムで書いた大阪へのコンサート遠征から戻った翌日、私はすぐに番組の収録が控えていた。午前11時半からTOKYO FMの SYMPHONIAの収録。新幹線が遅れたらどうしよう、というギリギリの時間ではあったが、ほぼ定刻に東京に到着。スーツケースを持ってそのまま半蔵門へ。〈雪女〉の異名を取る私も、この日は録り終わった後に雪が散らついたものの、収録は無事完了。

午後からは新国立劇場で行われるオペラ「紫苑物語」のゲネプロを見学。今月はこの「紫苑物語」と「金閣寺」という2つの日本のオペラが上演されるというのも話題になっている。この「紫苑物語」は石川淳の小説を基に西村朗が作曲し、詩人の佐々木幹郎が台本を書いた新作オペラ。新国立劇場の芸術監督となった大野和士が自ら指揮をし、彼が率いる東京都交響楽団が演奏する、創作委嘱作品である。あまり予備知識もなく観たのだが、それでもオペラとしての完成度の高さは十分に感じた。日本人が書いた日本語による、日本人が作曲した作品ということが、全てにおいて調和が取れているのだ。特に感じたのは音楽と言葉のリズムの結合である。日本語特有の枕詞や古語を使った歌詞が、いわゆる「前衛的な」と言っていい音楽に乗せて歌われるのだが、それでも言葉として耳に届き、しっかりと日本語として聴き取れるのがすごい。それは難易度の高い歌唱を見事にこなしていた歌手達の実力も確かということだろう。キャラクターの描き分けが声域とも合っているし、また重唱や合唱も日本的な節回しを取り入れつつ効果的で、神秘と幻想の世界を作り上げる。ストーリーは象徴的な部分があるが、舞台では巨大な鏡を使って主人公である宗頼の葛藤する内面を抉り出すような演出にも唸らされた。休憩を挟んで2時間半の全2幕のオペラ。これは本番もかなり評判になりそうである。

icon-youtube-play オペラ「紫苑物語」ゲネプロ

最後はサントリーホールでの東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会、チョン・ミュンフン指揮のマーラーの交響曲第9番である。音大時代の友人が彼女のお嬢さんと出かけるはずのコンサートだったが、そのお嬢さんの都合が悪くなったということでチケットを譲ってもらったのだった。その友人とは21年前に別府で開催された第1回のアルゲリッチ音楽祭へ一緒に旅行した仲である。期せずして前日にそのアルゲリッチ音楽祭の記者会見にも出向いたところだったので、友人にその話をすると、今回一緒に行くはずだったお嬢さんが今大学生で、当時はまだ赤ちゃんだった彼女を抱いた友人とコンサート会場に向かったのを思い出した。月日の経つのはかくも早いものである。思えばその当時から託児所を設けていた音楽祭主催者側も感心である。

icon-youtube-play 別府アルゲリッチ音楽祭2018CM(昨年)

それはともかく、その時のメインコンサートはアルゲリッチの弾くプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番で、指揮がチョン・ミュンフンだったのである。白熱したコンサートは今でも鮮明に思い出すことができる。その時から友人はチョン・ミュンフンのファンであり、折に触れて彼の指揮を聴いてきたらしい。昨年もベルリオーズの幻想交響曲を聴いてあまりに素晴らしかったので、マーラーの9番も聴いてみたくなったのだと言う。

icon-youtube-play チョン・ミュンフン

さて、コンサートの前にその友人と食事をしたのだが、ここで少々食べ過ぎてしまった。何しろ大阪発8時の新幹線に乗って東京へ戻ってきたので、その日は5時起き。しかもクルレンツィスとムジカエテルナのあまりにも衝撃的なコンサートの後で興奮しっぱなしだった私はあまり眠れず、しかも翌日収録と新作オペラのゲネプロと立て続けに動き回っていたので、さすがに疲れを感じ始めた。そんなタイミングにマーラーの第9番。休憩なし。これは覚醒していられるか、少々不安になった。私は9月の大阪でのコンサートでサイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団の演奏するマーラーの9番を聴いていたが、その時は昼公演でもあり、かなり頭も体も集中して聴いていた。逆に作品そのものの世界よりはラトルや彼の指揮者人生を作品の向こうに透かし見ていたような気がする。

第9番はマーラーの人生の中でも最終地点に当たる時期の作品である。その人生の集大成ともなるべき内容が込められており、愛や苦悩や絶望、そして全てを包み込むような最終楽章は天国的な美しさのアダージョで奏でられる。最愛の娘の死、後には妻であるアルマの不倫など、マーラーを襲った悲劇が彼自身を蝕み、肉体が弱っていくとともに精神も生と死の間を行ったり来たりする。そんな状況の中で書かれた作品だ。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第9番

演奏はその前に観ていた「紫苑物語」の毒気を抜かれる感じで、実を言うと最後の方はまさに天国に召されるが如く、意識を少し失っていた。だからこそここではマーラーの死へ通じる世界へ自然に導かれるようでもあり、薄らいだ意識の中に蘇った21年前の白熱のチョン・ミュンフンとはまるで対照的な指揮だと思った。

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