

RADIO DIRECTOR 清水葉子
フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)
2月は短いのであっという間に過ぎてしまったが、その終わりと3月の頭にかけてタイプの違うヴァイオリンのコンサートを3回聴く機会があった。その中でコンサートのマナーについて気になったことがいくつかあったので、それも含めてここに書いてみようと思う。
まずはトッパンホールの昼のコンサート。ベルリン・コンツェルトハウス室内管弦楽団のコンサートマスターとしても活躍する日下紗矢子の無伴奏を含む現代曲プログラムのリサイタルである。これは彼女の〈ヴァイオリンの地平〉というコンサート・シリーズの最終回。トッパンホールのコンサートはミュージックバードの番組でも録音することがあるため、時々聴きに行くのだが、折り紙つきの音響の良さはウェーベルン、シュニトケなどにはぴったりだ。消え入りそうなピアニシモから不協和音のフォルテシモまで、ホールの空間に残る倍音と余韻が、彼女の演奏を一層研ぎ澄まされたものにしていた。
日下紗矢子
その緊張感溢れる無音の間に気になるのは客席からのノイズである。もちろん番組で録音している、という事情もあるのだが、途中客席後方でドスンと何かを落としたような音も気になったが、私の隣の男性が始まった直後からウトウトしていたのだが、膝の上に乗せたタブレット端末のメールの受信音が響いたのだ。幸いかなり小さな音だったので録音に入るほどではなかった。しかし周りの人の雰囲気はぶち壊しである。思い余って曲が終わって拍手をしたタイミングで「電源入ってますよ」と男性に注意をした。「携帯電話は持っていません」と彼はあまり反省の色はない。機器のお知らせ機能が遅れて働いた場合などは通信を切っていても受信音が鳴ることがあるので、携帯電話だけでなくタブレット端末の電源も当然切るべきだろう。
続いては3月、すみだトリフォニーホールで行われた〈マックス・リヒター・プロジェクト〉でヴァイオリンのダニエル・ホープを中心とするヴィヴァルディの『四季』とそれをリコンポーズ(再構築)したマックス・リヒターによる『ヴィヴァルディの四季』である。
リコンポーズド・バイ・マックス・リヒター:ヴィヴァルディによる「四季」
これはディスクなどでも既に発売されていて、エレクトロニカを取り入れたポスト・クラシカルのジャンルとしては話題を呼んだ。会場には普段より圧倒的に若い人が来ていたのが印象的である。しかも若くておしゃれな男性が多く見受けられたのは、クラシック・コンサートとしては珍しい。マックス・リヒター効果だろうか。トリフォニーホールは地元墨田区民なら割引価格でコンサートを聴くことができるらしく、地元の人と思しき人も多い。そのアットホームな感じは微笑ましいのだが、曲の途中で席を立った人がいたのには閉口した。体調が悪かったのかもしれないが、クラシック・コンサートでは当然曲が演奏されている間は席を立たないのがマナーである。
最後は銀座王子ホールで行われた竹澤恭子のヴァイオリン・リサイタルである。これは日本音楽財団から貸与されたストラディヴァリウス「サマズィユ」のお披露目でもあり、コンサート前には楽器についてのトークセッションなどもあった。実際にこのサマズィユの音を聴いて驚いたのはその音色の肉厚といってもいいボリューム感である。もちろんヴァイオリニスト本人の音楽性と重なる部分も多いのだが、たわわな音の厚みと【鳴り】はプログラムの冒頭にブロッホの『バール・シェム』を持ってくるという意図にも表れていた。竹澤恭子と言えばバルトークの協奏曲のイメージが強い私としては、このブロッホは民俗的な主題と和声、逞しい音色に合わせてヴァイオリンのフレージングもたっぷりと膨らませるのはいかにも彼女らしさを感じた。時に音程が揺らぎそうになるくらいギリギリのところで強めにテヌートをきかせたり、演奏も自然に濃いめの味付けになる。スタイルの違いもあるがダニエル・ホープの軽やかな演奏が草食系だとしたら、これは肉食系ヴァイオリンである。
竹澤恭子
ベートーヴェンの大作『クロイツェル・ソナタ』の後、休憩を挟んでワーグナーやクライスラーの小品となった時、そのあまりに濃厚な演奏の後、ちょっと一息付いたようなプログラムになって客席も少し緊張感が解けたのか、ガサガサとビニール袋のような音がずっと響いていた。ひょっとして花粉の季節でもあるからのど飴を取り出そうとしたのかもしれないが、しばらくその音が響き渡っていて、演奏者本人も少し気が散っているようだった。
コンサート会場に行くとチラシの束を配られることも多いが、私は極力受け取らないことにしている。また受け取った場合も座先の下に置いてしまって、間違って落として音を立てないように気を付けている。のど飴の類はあまり口にしないのだが、のどの調子が悪い時はマスクをするなどし、のど飴も小さなジッパー付きの袋に入れて紙を剥く必要がないようにしている。最近は客席が高年齢化していて、こればかりはどうしようもないのだが咳こむ人も多かったりする。
でも最低限のマナーは守った上でクラシック・コンサートを楽しんで欲しい。音楽は無の空間の中に響いてこそ、その美しさが際立つのだから。
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