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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

人生を変えた音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

フリーランス・ラジオディレクター。TOKYO FMの早朝の音楽番組「SYMPHONIA」、衛星デジタル音楽放送ミュージック・バードでクラシック音楽の番組を多数担当。「ニューディスク・ナビ」「24bitで聴くクラシック」など。趣味は料理と芸術鑑賞。最近はまっているのは筋トレ。(週1回更新予定)

新番組が始まる季節である。放送業界は4月と10月が番組編成の変わる時期であり、3月ともなると終わる番組と始まる番組が交錯して、制作現場は何かと慌ただしい。

衛星デジタル音楽放送ミュージックバードでは4月から新番組「人生を変えた音楽」を放送する。これは世界のトップアーティストが所属する音楽事務所AMATIの協力を得て、一流演奏家の人生の転機となった音楽を、本人のトークを交えて紹介する番組である。

既に初回はギタリストの福田進一さんで収録を終えたところだ。福田さんは人気ギタリストとしてコンサートも全国で数多く行なっている。レパートリーも幅広く、様々なジャンルのアーティストとの共演も多い。最近では平野啓一郎著「マチネの終わりに」が話題になっているが、ギタリストである主人公のモデルでもあり、この作品が映画化されるにあたり、演奏のアドバイスなどもしている。その合間を縫ってコンスタントにレコーディングもしているのだからすごい。それ以外にお弟子さんのレッスンもして、彼の元から巣立った優秀なギタリストもたくさん存在している。そんな福田さんなので一人でラジオで喋る、という初めての経験も難なくこなしていただいた。時々関西弁のイントネーショ
ンが顔を出すのもご愛嬌である。始めこそ少し緊張していたようだったが、自ら選んだ音楽の中で、バッハのシャコンヌの話はとても心に残るものだった。少しネタバレになってしまうのだが、そのエピソードをご紹介しよう。

「シャコンヌは人生に例えられます。伴奏のない、たった一人で演奏される15分近い演奏時間の中にたくさんのドラマがあり、クライマックスを迎えた時に短調だった調性が長調になる。充実に満ちた音楽が続いた最後には再び短調で終わり、人生の幕が降りる」

icon-youtube-play バッハ:シャコンヌby福田進一(G)

ヴァイオリンで演奏すると時にヒステリックになりがちなこの曲もギターで弾くことで少しそれが和らぐ。福田さんの演奏するシャコンヌは沁みじみとその言葉を裏打ちする。殊更にドラマを強調するのではなく、穏やかに語りかけるようなバッハのシャコンヌはギターならではの味わいであり、スタジオの窓から見えた雨空の風景とともに私の中で静かな深い佇まいの音楽として残った。

ほどなくして番組二人目の出演者として収録に臨んでくれたのはウィーン在住のピアニスト菊池洋子さん。実際にお会いするのは初めてだったが、とても背が高く、収録日はジーンズにショートブーツ、そしてジャケットというマニッシュなスタイルで颯爽とあらわれ、またトレードマークのロングヘアも美しい顔立ちにとてもよく似合っていた。実を言うと菊池さん、初めは気後れして一人ではとても話せない、と不安そうだった。

彼女が1回目に選曲してくれたのは恩師の田中希代子の演奏。田中希代子は戦後の昭和に活躍した伝説のピアニストで、ロン=ティボー国際コンクール、ジュネーヴ国際音楽コンクール、ショパン国際ピアノコンクールという、現在でも最難関の国際コンクールに日本人として初めて入賞した存在。皇后陛下とも交流があったことは有名である。30代半ばで病気のため引退を余儀なくされ、その後は教育活動が主だったが、菊池さんが彼女の薫陶を受けていたとはその時まで知らなかった。何しろ田中希代子は録音が少なく、その演奏に接する機会も少ないのが現状だからだ。

icon-youtube-play サン=サーンス:ピアノ協奏曲第5番「エジプト風」第3楽章by田中希代子(P)

しかし菊池さんは自分の演奏などより、田中希代子の演奏をとにかく番組でかけたい、という。普段は〈抜き録り〉といって、音楽は後から編集で付け加え、スタジオではトークのみを収録することも多いが、菊池さんが少々緊張気味だったのもあり、スタジオで音源を聴きながら収録することにした。ラモーやクープランなどフランスのバロック期の鍵盤楽器作品。そこで改めて田中希代子の演奏を聴いてみると、実に菊池さんの演奏によく似ていることに気付いた。やや硬質の粒立ちの良いタッチ、真正面から音楽を捉え、個人的な感情や下手な解釈は極力省いた演奏。だからといって決して冷徹無比ではなく、そこには芯のある、血の通った音楽がキリッと息づいている……。そんな印象。そうご本人にお伝えすると、緊張していた面持ちがふっと解けた。海外でのコンサート後、お客さんから「あなたのピアノを聴いて、昔聴いたある日本人ピアニストの演奏を思い出した」という言葉をかけられたことがあったそうだ。彼女が「そのピアニストとは誰ですか?」と尋ねたところ、「キヨコ・タナカ」という答えが帰ってきたという。

icon-youtube-play モーツァルト:トルコ行進曲by菊池洋子(P)

その話を聞いて、田中希代子の魂が菊池さんの中にしっかりと受け継がれているのを感じた。自分の演奏を削ってでも彼女の演奏を多くのリスナーの方にお届けしたい、という菊池さんの純粋なパーソナリティもまたその演奏にあらわれている。

演奏家たちの素顔のエピソードが聞ける貴重な新番組「AMATI presents人生を変えた音楽」は衛星デジタル音楽放送ミュージックバードで4月から放送である。

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