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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

感覚に訴える音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、楽器店勤務を経てラジオ制作会社へ。その後フリーランス。TOKYO FMで9年間早朝のクラシック音楽番組「SYMPHONIA」を制作。衛星デジタル音楽放送ミュージックバードではディレクター兼プロデューサーとして番組の企画制作を担当。自他ともに認めるファッションフリーク(週1回更新予定)

「ウェスト・サイド・ストーリー」といえば不朽の名作ミュージカルだが、恥ずかしながら私は生の舞台で観たことが一度もなかった。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」を元に1950年のニューヨーク、マンハッタンの敵対する不良グループの中で恋に落ちた若者の悲劇を描いた物語。そこには当時の世相も深く反映しており、貧富の差が生む白人とヒスパニック系移民との軋轢、人種差別や性差別など様々なエピソードが見え隠れする。

もちろん番組制作の中でバーンスタインの音楽は何度も繰り返し聴いてきたし、演奏会形式では比較的最近パーヴォ・ヤルヴィの指揮するNHK交響楽団でも聴いた。こういう仕事をしているとエアポケット的に聴きそびれたり見逃してしまっているオリジナル作品が意外と多かったりする。同僚のE女史も初めて観たオペラがベルクの「ヴォツェック」とかいう人で、モーツァルトの「魔笛」とかプッチーニの「ラ・ボエーム」は劇場でも頻繁に上演しているし、DVDとかネットで映像を購入することもできるが、上演となるとなかなかその機会がない「ヴォツェック」を観ておくべき、と考えたらしいがそれにしてもマニアックである。

icon-youtube-play ベルク:歌劇「ヴォツェック」

さて、ついにその「ウェスト・サイド・ストーリー」を観に行く機会が訪れた。新しく豊洲にできた〈IHIステージアラウンド東京〉というアジア初の、客席が360度回転する劇場での上演というのに興味を惹かれた。円形の中心に位置する客席が回転しながらステージを一周するので、演出側はいくつものシーンを同時にセットできる。場面転換の間を作る必要がないので舞台の流れがスムーズになり、客席もストーリーに集中しやすい。同時にプロジェクションマッピングを駆使して、上下にも背景を動かすことで客席が上昇しているような感覚もあった。昔、遊園地に〈マジックハウス〉とか〈びっくりハウス〉などと呼ばれる錯覚を利用したアトラクションがあったが、ちょっとあの感じを思い出す。これは有名なバルコニーのシーンで使われており、トニーとマリアが愛を誓うと、スラム街の非常階段が一気にニューヨークの摩天楼上空の星空まで浮かび上がり、2人の恋する気持ちの高鳴りを象徴していて素晴らしい名シーンとなっていた。

まるでストーリーの一部に溶け込んでしまったような感覚で味わう舞台は、まさにVRのような世界。しかしそれだけでなくトランスジェンダーのキャラクターをクローズアップした描き方もしていて、とても現代的な「ウェスト・サイド・ストーリー」が新鮮だった。

icon-youtube-play ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」

話が前後してしまうが、これと比較して先のコラムでも少し触れたジョージ・ベンジャミンのオペラ「リトゥン・オン・スキン」のことを書いてみたい。今回〈サントリーホール・サマーフェスティバル2019〉で行われたのはセミ・ステージ形式だが、日本初演。よく知られた「ウェスト・サイド・ストーリー」とは正反対の演目だ。フェスティバルのプロデューサーで指揮者の大野和士氏肝いりの企画だという。舞台には簡素なセットが組まれ、歌手はもちろんステージに出て歌うが、ストーリーは舞台上のスクリーンに映像が映し出される。

プロテクター(領主)が一冊の装飾写本を少年の彩飾師に依頼する。自らの政治的権力と従順な妻との家庭生活という彼の思い描いていたある種の理想が、妻アニエスの反抗によって崩れてしまう。アニエスと少年の禁断の関係を知ったプロテクターが最後に果たす復讐とは……。

この映像が思った以上に完成度が高く、ついついスクリーンを眺めてしまう。視覚というのは恐ろしく圧倒的な情報量なので、うっかりすると映画を見ているような気分になってしまう。そうなると聴覚への集中はおろそかになりがちだ。それでも映像に映る登場人物たちは薄い布のマスクを被っており、いわば「直面(ひためん)」ではない。役者たちの表情があったら歌い手とのドッペルゲンガー状態になり、観客は混乱をきたしてしまっただろう。だからこそのマスクだったと思われるのだがこの演出、狙っていたのだとしたら実に巧みな手法だ。映像を見ながら役者の動きと歌手の歌で(場合によってはダンスも)、その表情を自分の脳内で補足し、オペラ全体を構築していくことになる。しかも中世と現代がオーバーラップするような象徴的な内容、しばしば登場する天使の存在で宗教的な意味合いであるとか、はたまた男女の愛憎における狂気であるとか、最後の究極のカニバリズムまで。

icon-youtube-play オペラ「リトゥン・オン・スキン」

その濃密さはおそらく大野氏の好みでもあるのだろうが、もはや感覚を使った知的ゲームのようになっていた。しかもこのイメージの構築はタイムラグがあった。

セミ・ステージの舞台を観終えて数日経った頃、友人たちととあるイタリアン・レストランで食事をしたのだが、その店にはテーブルに発酵中のフォカッチャが置いてあった。前菜を食べる間に焼いて供されるのだが、まさにそれは発酵して膨らんだフォカッチャのごとく、私の脳内でできあがった。

その時初めて私の中でベンジャミンの音楽が究極の美しさをもって聴こえてきたのである。

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