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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

パヴァロッティ〜太陽のテノール

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

「Nessun Dorma!〜誰も寝てはならぬ」

プッチーニのオペラ「トゥーランドット」の劇中でも1番のハイライトであるこのアリアは、2006年のトリノオリンピックで金メダルを獲った、フィギュアスケートの荒川静香選手がフリーの演技で使用したことでも一躍有名になった。氷のように冷たい女王トゥーランドットへの愛と、彼女と命懸けの賭けをした王子カラフが目前に迫った勝利を歌うという、感動的な場面に相応しい堂々とした佇まいの音楽と、心を打つ美しく官能的なメロディーはまさにプッチーニの真骨頂。一度聴いたら忘れることのできない名曲だ。

icon-youtube-play 荒川静香

古今東西、数多いる名テノールがこのアリアを十八番としてきた。古くはマリオ・デル・モナコ、フランコ・コレッリなどの名唱もあるが、やはりこのアリアと言えば不世出の名テノール、ルチアーノ・パヴァロッティを置いて他にはいないだろう。

90年代も遥か昔となりつつある。思い起こせば当時のクラシック音楽業界はまだまだ元気で、録音や映像制作も盛んに行われていた。そんな時代にブームとなったのが、「3大テノール」である。レコードショップに彼らのCD が山のように積まれていたことを私もよく覚えている。その3人の歌手とはルチアーノ・パヴァロッティ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス。それぞれ同じテノールという音域ではあるが、キャラクターも声の質も少し違う。

ドミンゴはもともとバリトン歌手でもあり、3人の中でもその声質は少し暗め。しかし逆に陰影を称えた声にはビロードのような艶があり、ドイツ・オペラなどもこなすマルチな才能の持ち主で演技力にも定評があった。近年はまたバリトンに戻って舞台にも立っている。

icon-youtube-play プラシド・ドミンゴ

またカレーラスは哀愁漂う風情と情熱的な歌唱で人気を博し、舞台には欠かせない存在感を放っていた。「ウェストサイド・ストーリー」のトニー役なども印象的だったが、白血病で倒れ闘病した時代もあり、どこか儚げな魅力がある。

icon-youtube-play ホセ・カレーラス

しかし中でもパヴァロッティの歌う絶頂期のイタリア・オペラは、ちょっと別格である。その底抜けに明るく輝くような声の響きは忘れられない。「キング・オブ・ハイC」と異名をとるのも頷ける。〈ハイC〉はテノールの最高音(実際はもっと高音を必要とするオペラもあるが)とも言われている。これはオペラ「連隊の娘」の中に高音のCの音が9回出てくることに由来し、それを完璧に歌いこなした彼に与えられた称号なのである。

icon-youtube-play テノールの〈ハイC〉バトル

1990年にその3人がサッカーのワールドカップの前夜祭に登場したことは驚くべきニュースになった。ワールドカップという世界的なイベントというのもあっただろうが、これだけのスター歌手が一堂に会するのも稀有なことだった。その様子はあらゆる国に放送で伝えられ、このライヴ音源は空前のヒットとなった。そしてその後は世界中をツアーして回り、「3大テノール」はひとつのブランドとして定着した。そして「3大テノール」はついに日本にもやってきた。クラシックの歌手のコンサートとしては異例の東京ドームや横浜アリーナを聴衆が埋め尽くすという現象は今ではちょっと考えられない。その中心人物がパヴァロッティだったと言っていいだろう。

そんな彼のドキュメンタリー映画「パヴァロッッティ〜太陽のテノール」が公開となった。監督はアメリカの名匠ロン・ハワード。「アポロ13」「ビューティフル・マインド」「ダ・ヴィンチ・コード」などアカデミー監督賞も受賞している名匠だが、音楽ドキュメンタリーもいくつか制作している。このパヴァロッティ映画では彼を取り巻く家族や、どちらかというとオペラ世界の人ではないアーティストや友人に焦点を当てることで、彼の人間性やそこから生まれたスター性を追求している。

パヴァロッティは歌手としては遅咲きで、一度は小学校の教師となっている。(幼馴染にあの名ソプラノ歌手、ミレッラ・フレーニがいることは有名な話である)しかし1961年にロンドンのコヴェントガーデンでジュゼッペ・ディ・ステファノの代役でデビューして大成功を収め、一躍オペラ界のスターとなった。またダイアナ元妃やU2のボノなどジャンルを超越した華やかな交友関係、サッカーをこよなく愛した一人の偉大なイタリア人男性、といった描き方は、私などからしてみると、「オペラ歌手」パヴァロッティの素晴らしさをもう少しクローズアップしてもらいたかったような気もするが、「人間」パヴァロッティに興味がある人にはまた別の感慨があるのかもしれない。

icon-youtube-play 映画「パヴァロッティ〜太陽のテノール」

しかしそうした中で印象的だったシーンは、生涯2人の妻を娶る彼だが、最初の妻アドゥア・ヴェローニの「あの声に恋しない人なんている?」という言葉。仕事柄声には敏感な方なので、この言葉にはちょっとハッとしてしまった。

私は3大テノールの来日時と日本でのリサイタルも聴いている。残念ながらかつてのパヴァロッティの声の輝きはそこには殆どなかった。それでも「誰も寝てはならぬ」のアリアでは、まさしくイタリアの太陽が沈みゆく最後の輝きを放っていたのを思い出した。

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