RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
年明け早々、二度目の緊急事態宣言となった。
一度目の時には人生初めての経験だっただけに、生活必需品の買い占めなど困った問題も多かったが、一方で少しの間だけ我慢をすれば、そのうちに終息するだろうという楽観的な見方もあった。
ラジオ制作の現場でも、その時に初めて導入したZOOMによる収録や、自宅での長時間の編集作業など、私も少なからず在宅での仕事時間を増やし、そのためにスタジオに置いてあった様々な資料を自宅に郵送し、どうしても必要な週2回程度の外出に制限していた。朝の通勤ラッシュがこんなにも劇的に改善されたのに驚いたし、新しい生活様式も悪いことばかりではないな、と思ったりした。
その効果もあって感染者数が減り始めた頃、自粛疲れからくるストレスや慣れもあるだろうが、政府が掲げた安易なGoToキャンペーンなどにのって、私も含め世間には警戒心が薄れ、「元の生活」になっていた人も多いのではないだろうか。その証拠に日々計測される私のスマホの万歩計は、前回の緊急事態宣言の直後は平均して1日3000歩程。宣言解除後は夏の熱中症を警戒したのもあって5000歩。秋からこの冬は6〜7000歩が平均となっている。少人数ならば、と友人との会食もそれなりに楽しんでいたし、コンサートも出来る限り聴きに行っていた。
落合陽一×日本フィル
この間に私たちは少なからず新型コロナウィルスに対抗する術を学んだ。当初、マスクはウィルスのような微細な粒子をガードする機能はない、と思われていた。しかしクラスター感染などの状況を調べると、やはり飛沫による感染が非常に多いという事実もわかり、それ以降マスクは必須となった。現在でもやはり会食など、マスクを外す場に於いて感染例が顕著であることを考えると、これはかなり有効であると考えるべきだろう。後は接触感染だが、これも常に消毒や手洗いを心掛けることで効果を発揮する。
日本は欧米などよりは格段に感染者数が少ないと安心してばかりもいられない。イギリスで拡大している変異種も既に極東の日本で何件か確認されている。現にクラシック音楽の世界では、外国からの来日公演は完全にストップしてしまった。今更ながら驚くほど、日本の音楽界は輸入に頼って成り立っていたという事実を思い知らされる。年明けの公演を見越して年末から来日していた一部ソロのアーティストや指揮者は何人かいるようだが、オーケストラ、オペラやバレエの引越し公演のような大勢での移動はもちろんできるはずもない。ウィーン・フィル来日は特例だったが、既に今年の夏まで公演中止を決定したニューヨークのメトロポリタン・オペラ、ミラノ・スカラ座もシーズンのオープニング公演を断念するなど、見通しは世界的に厳しくなっている。
一方で国内のオーケストラは知恵を絞ってオンラインなどで様々な工夫を凝らしていた。クラシック音楽の裾野を広げるプログラムを発信するところもあれば、日本人の指揮者を据えて客席を絞ることで思い切ってコアなプログラムにするところもあった。
都響スペシャル「春休みの贈り物」
読響定期公演
実際の定期公演もようやく復活の兆しを見せていただけに、今回の緊急事態宣言は関係者にとってもショックが大きい。先頃は一人陽性者が出た在京オーケストラの公演中止が発表されたが、先の見えない中で音楽の灯火を絶やさないようにするにはどうしたらよいのか、模索が続いている。
東響定期公演
既に1月7日の政府の緊急事態宣言を受けて、音楽業界団体の「ライブイベント公演開催」についての共同声明が新たに発表された。
「一回の公演あたり収容上限を5000人。会場キャパシティに対する収容率を50%とする。但し、既に販売済みのチケットに関してはこの限りではなく、周知期間中に販売されるチケットに関しても適用しない。また開催制限について20時までの終演を出来る限り対応する」としている。
また「同じくライブの中継・配信のための無観客公演についてはこれを適用しない」。
しかし特にクラシックのコンサートでは騒いだり叫んだりすることはほぼないし、これまでに日本国内でクラスターが発生したという報告もない。唯一危惧されるのは客層に高齢者が多いということか。難しいところだが、こうした新たな規制が発表される中、公演が延期されたり、プログラムを短く変更するのを余儀なくされたり、演奏家や関係者が大変な思いをされているのを近くで見ている私も、自分が無力であることに時々虚しくなる。何よりも年々クラシック音楽のフィールドは様々な意味に於いて縮小されている現状もある。そうした矢先での追い討ちはこたえる。
しかし決して忘れてはならないのは「音楽」が私たちにとって必要なものである、ということ。ともすれば生きるために不可欠なものではない、とのレッテルを貼られがちな不安の中で、次のコンサートに向けて準備や練習に励む演奏家も、彼らのマネジメントで奔走する人々も、そして音楽に触れることで生きる喜びを享受する私たちも皆、失ってから後悔することだけはしたくないと思っている。今は一人一人が日々できることを冷静に丁寧に積み重ねていくしかないだろう。
新日本フィル「医療従事者の方へのエール」
いつか全ての音楽が戻ってきてくれる日を信じて。
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