RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。
クラシック音楽は過去の作品を繰り返し演奏しているだけ、と思ったら大きな誤解である。ひとえにクラシック音楽といってもその歴史は何世紀にもわたる。
近年特に注目されるのがピリオド楽器や、その奏法を取り入れた演奏である。ピリオド楽器は「古楽器」や「オリジナル楽器」という呼び方をする場合もあるが、作曲された時代に使われていた様式の楽器を指す。何百年も前に使われていた楽器が現代と同じであることはあり得ない。もちろん構造も様式も、素材も全く異なっているといって差し支えない。当然音色も音量も違うし、演奏されるシチュエーションも大きく違う。音楽は教会での祈りの歌だったり、王侯貴族の館で客人をもてなすために演奏されるものだったり、私的なサロンにおいて仲間内で楽しむためのものだったり、現代と昔では音楽を取り囲む人々の意識の在り方も違うのは言うまでもない。
ジョルディ・サヴァール
時代の楽器や音楽を専門とする古楽演奏家が存在する。カリスマ的な人気を誇るアーノンクールやブリュッヘン、サヴァールなどはその古楽人気に大いに貢献した。近年は日本でもそうした世代の教えを受けた優秀な演奏家が続々と登場している。なかでもその独自の感性で活動を続けるのが濱田芳通さんその人である。濱田さんの曽祖父は日本初の私立の音楽大学でもある東洋音楽大学(現東京音楽大学)の学長であり、濱田さん自身はリコーダー、コルネット奏者として活躍する一方、指揮者としてアントネッロという自ら率いるアンサンブルの活動でも知られる。
アントネッロ
そんな濱田さんとアントネッロの活動もこのコロナ禍で当然影響を受けた。今回ご紹介する3回シリーズの演奏会は度重なる延期の上、先日ようやく再開の連絡をいただいた。連続演奏会のタイトルは「笛の楽園」。これは17世紀オランダの盲目のリコーダー奏者で作曲家であるヤコブ・ファン・エイクの150にも及ぶリコーダーのための大規模なソロ曲集である。しかしソロだけでなく、変奏や装飾を伴ったアンサンブル、もととなる民謡や流行歌なども含めて楽しめるシリーズのプログラムとなっていた。
実は第1回のコンサートはつい先日の6月30日に代々木上原のムジカーザで行われ、第2、3回のコンサートは前月の5月に豊洲のシビックセンターホールで続けて行われた。致し方ない状況とはいえ、プログラムによっては流れが分断されてしまう可能性もあるので、やや残念な気もしたのだが蓋を開けてみればそんな危惧はどこへやら。
実質第1回、本来のプログラム2回目のコンサートは歌をフィーチャーした内容で「超絶技巧!リコーダーと声によるディミニューション」。濱田さんのリコーダーとソプラノの中山美紀さん、オルガンの上羽剛史さんのシンプルな構成ながら、中山さんのリリカルな歌声がとてもチャーミングでなんとも可愛らしい。超絶技巧ながら時にユーモラスなリコーダーとの掛け合いで会場を温かく盛り上げる。
第2回は「4人のリコーダー奏者による華麗なる競演!」ということで古橋潤一さん、高橋明日香さん、細岡ゆきさんのリコーダーが加わり、高本一郎さんのリュートとともに当意即妙で豊かなアンサンブルが展開される。それらはバロック以降の音楽のように構築的なものではなく、まだ音楽の形式が比較的自由であった時代の楽器の戯れるような絡み合いであり、肩肘張らないで楽しむことができる。この自由な空気感が古楽やアントネッロの魅力でもある。
シリーズ最後の、本来なら第1回にあたるコンサートは場所を変えてムジカーザ。1995年にオープンした代々木上原の高台にひっそりと佇む100席ほどの小ホールである。年6回会員制のコンサートを主催しており、現在ではピアニストの伊藤恵さんがプロデューサーを務めている。カレンダーを見るとなかなかゴージャスな顔触れが揃っていて面白そうな企画も多い。こんなインティメイトな空間で楽しめるのも素敵である。コンクリートの壁のモダンで瀟洒な外観。鈴木エドワード氏の設計だということを今回初めて知った。学生の頃、彼の建築を紹介する会報誌の連載を楽しみに見ていたことを思い出す。会場の大きさからするとシビックセンターに比べて音響の点でどうかなぁ、という感じがしたのだが、実際訪れてみると2階で聴いたせいもあるのだろうか、ピアノの音も響き過ぎず、適度な柔らかさを持って音が耳に心地良い。それもそのはず、音響についてはここも永田音響設計だった。(URL①)
ムジカーザ(https://www.musicasa.co.jp)
さて、「リコーダー&ピアノによるインプロヴィゼーション」は濱田さんの霊感に満ちたリコーダーとピアニストの黒田京子さんの丁々発止の掛け合いがスリル満点。ジャズの要素や即興もふんだんに採り入れ、シリーズの中では一番アヴァンギャルドな内容なのに、本来これを初回のプログラムとして考えていたとは! それだけでもアントネッロと濱田さんの発想に脱帽である。
濱田芳通(Rec)
まだまだ不穏で、ともすればやや窮屈な世の中に、こんなにも自由闊達な世界を垣間見せてくれたアントネッロ。天衣無縫な感性の宿る全ての回を聴くことができた私は幸運だった。
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