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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

オリンピックと音楽

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

気が付けば窓の外に蝉の声が鳴り響いて気温は連日30度を超えている。それでも新型コロナの問題は収束するどころか、感染拡大の一途を辿っている。

その要因の一つが見切り発車したオリンピックにあることで、世界中が注目する平和と友好の祭典にどこか影を落としてしまっていることは否めない。中途半端な状態で開催に踏み切り、国民の健康と生活だけでなく、オリンピック選手達のモチベーションをもないがしろにした国のトップには不甲斐ない気持ちしかない。しかしアスリート達が世界の晴れ舞台を目指して力を尽くして努力してきたこと、それ自体は称賛されるべきことだ。日本勢がメダルを獲得するニュースが入れば、素直に嬉しい気持ちがする。

ラジオの制作現場でのスタンスとしては当然話題として触れるし、オリンピック関連の音楽を選曲したりもしている。

4年に一度の祭典ということもあり、オリンピックの音楽は世代観が大きく影響する。私の年代だと圧倒的に記憶に残っているのは、やはり1984年のロサンゼルス・オリンピックである。当時は東西冷戦の最中であり、その前の大会、1980年モスクワ・オリンピックでは西側諸国が参加をボイコットした。私の父は都内のテレビ局に勤めるサラリーマンだったが、国内の放映権をめぐって社内が大騒ぎだったそうで、家庭でもそんな会話を交わしていたのが今でも思い出される。ロサンゼルス大会はそうしたテレビの放映権料やスポンサー企業の協賛などで、一大ビジネス化していったオリンピックの走りでもあった。当然日本では異様な盛り上がりであり、まだテレビが絶対的なメディアの頂点だった時代、私も開会式のテレビ中継をかじりついて観ていたものだ。宇宙飛行士が空を飛び、華々しく花火が打ち上がるド派手な演出、そしてジョン・ウィリアムズの高揚感溢れる音楽。それは輝かしいオリンピックの象徴として記憶に残っている。

icon-youtube-play ロサンゼルス・オリンピック開会式

改めて聴くとジョン・ウィリアムズの音楽はなんとアメリカ的な魅力に満ちているのだろうか。英雄的で高揚感があり、まさにアメリカン・スピリットを代表する音楽である。しかしその音楽のルーツにオーストリアからアメリカに渡った天才作曲家コルンゴルトの影響が色濃くあることはよく言われている。それを差し引いてもやはり見事に自分の音楽として落とし込んでいるのはジョン・ウィリアムズの才能でもあるだろう。映画「スター・ウォーズ」のテーマは彼の代表作で、その最たるものだが、これも元ネタはコルンゴルトだ。

icon-youtube-play コルンゴルト:映画「キングス・ロウ」音楽

エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルトは1897年生まれ。幼い頃から神童ぶりを発揮し、同じ名を持つモーツァルトの再来と呼ばれ、ウィーンの宮廷歌劇場の芸術監督でもあったマーラーに天才と言わしめた。そのマーラーやリヒャルト・シュトラウスの息子世代に当たる作曲家である。オペラを何曲か書いて一時は楽壇に認められるものの、時代は彼に微笑まなかった。ハリウッドからの誘いで映画音楽を書いたことで、アカデミックな楽壇からは映画に魂を売った、と色眼鏡で見られてしまったのである。彼はユダヤ系であったため、まもなくナチス・ドイツに併合されたオーストリアからアメリカに亡命することになる。その後はハリウッドで映画音楽の作曲家として身を立てるが、コルンゴルトは第二次大戦終戦後には祖国であるオーストリアに戻って純然たるクラシックの作曲家として再出発するつもりだった。しかしその作風は楽壇から完全に無視され、失意のうちにアメリカで死を迎える。享年60歳。もう少し長く生きていたら彼の人生は違ったものになっていただろうか。

icon-youtube-play コルンゴルト:ヴァイオリン協奏曲

主に映画音楽の世界で生きたコルンゴルトの音楽は前衛的な作風とは一線を画す。非常に親しみやすく美しいメロディーが印象的で、最近では彼のヴァイオリン協奏曲がコンサートなどで盛んに演奏されて人気のレパートリーとなっているのは皮肉である。前衛でなければ純然たるクラシック音楽ではない、といった20世紀的な価値観と、戦争という過酷で不幸な運命がコルンゴルトの才能を潰してしまったことは時代の中で果たして仕方ないことであったのか。

コルンゴルトが亡命する直前の1936年には折しもヒトラーのオリンピックともいわれたベルリン・オリンピックが開催されている。そしてナチス・ドイツの支配下にあったオーストリアのウィーンでは21世紀現在、ジョン・ウィリアムズの指揮によりウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が、伝統ある楽友協会ホールで「スター・ウォーズ」を演奏することになるのである。

icon-youtube-play ジョン・ウィリアムズ:「スター・ウォーズ」byウィーン・フィル

2021年の夏、パンデミックと不安の中で行われている東京オリンピック。そこで戦うアスリート達に罪はない。歴史の中で政治やイデオロギーに翻弄されるのはいつも一人の人間の人生なのだ。

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