
RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
ラジオに関することで最近話題だったのが、彬子女王殿下が「オールナイト・ニッポン」に出演したというニュースだ。彬子女王殿下は第123代大正天皇の曾孫にあたり、母方には元首相の麻生太郎、遡れば吉田茂に繋がる家系図が見える。そして「ヒゲの殿下」の愛称で親しまれた寛仁親王殿下の第1王女。父である寛仁親王殿下も同番組でパーソナリティーを担当したことがあり、皇族としては実に50年振りの出演だという。
第一声は「ごきげんよう」で始まった。いやはや、こんなにも自然に「ごきげんよう」とご挨拶できる方がいるだろうか。心地よい響きのお声のタイトルコールとともに、真の品格とはこういうものか、と感動さえ覚える。番組では落語家の立川志の八や、ゲストとして歌舞伎俳優の中村勘九郎も参加。トークのお相手を務めた。その会話の中で意外にも漫画が大好きで、漫画喫茶の会員証も持っていること、そんな日常生活においては時々名前を「三笠彬子」にしてしまうこと、「女王」は敬称ではないことなどを率直に語られた。「彬子女王殿下」が正しい呼び方とした上で、普段の生活やラジオトークは「彬子さま」が適当だということなので、これ以降はここでもそう呼ばせていただこう。
私は少し前に彬子さまがイギリスのオックスフォード大学への留学について書いた「赤と青のガウン」を読んだ。女性皇族として海外で初めて博士号を取得された経験と、異国の地でさまざまに悩みながら留学生活を送った様子を素直な感性と丁寧な筆致で書かれたエッセイには大いに魅力を感じた。既に25万部のベストセラーにもなっているそうだが、皇族という特別な存在でありながら一人の人間として、健気に留学生活を送る姿にとても親しみを感じた。一方で皇族には常に側衞が付き添っているわけで、留学時代はその側衞がいないことで寂しさも感じたりしたそうだ。生まれた時から他人が側にいるというのは、私たち一般国民には理解し難い感覚だろう。しかし海外での同行に慣れない側衞を心配する様子を綴った場面があり、まるで面倒見のよいお姉さんのようで微笑ましくもあった。彬子さまはその魅力的なパーソナリティーをごく自然な形で国民に発信しているように感じる。
そんな彬子さまは今上天皇と同じくイギリスのオックスフォード大学のマートン・カレッジに留学し、ここで日本美術史を専攻。オックスフォード大学の歴史は非常に古い。最古の講義の記録としては1096年とあり、大学として9世紀近くに渡って続く英語圏でも最も歴史のある大学と言われる。ケンブリッジ大学と並びイギリスの高等教育の要となっていることから、この二つの大学は歴代首相を最も多く輩出していることでも知られる。
そこで今回はオックスフォード大学に関わる音楽をご紹介。作曲家といえば当然イギリス出身が多いのだが、思い出すのがオーストリア出身のフランツ・ヨーゼフ・ハイドンである。「交響曲の父」とも呼ばれるハイドンの第92番の交響曲は「オックスフォード」のタイトルで知られている。この由来は1791年にオックスフォード大学の名誉博士号を授与されたハイドンが、式典でこの曲を指揮したからと伝えられているが、事実としては曖昧なところがあるらしい。なにしろハイドンの交響曲は100曲以上もあるので後付けでタイトルが付与されたものも多く、それらの殆どが出版社の意向によるもので、ハイドン自身が名付けたものではない。それでも広大なキャンパスを思わせる大らかな第1楽章の冒頭や第3楽章の堂々とした雰囲気は名門大学の風格にも相応しい。快速なテンポの第4楽章ではユーモラスな趣もある。
ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
そこから遡ること200年前の1586年にはオルガンをはじめとする鍵盤楽器奏者として卓越した実力を持った作曲家、ジョン・ブルもオックスフォード大学で学位を取得している。ブルの「王の狩」という楽曲は「フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック」という様々な鍵盤楽器のための筆写譜の中の1曲。現代では金管合奏などにも編曲され、比較的演奏される機会が多い。
ジョン・ブル:フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブックより「王の狩」
時代を大きく進めて20世紀になると地元イギリスの作曲家、ウィリアム・ウォルトンが1916年にオックスフォード大学に入学。彼は10歳からオックスフォード聖歌隊学校にも入学しているが、やがて大学を退学して作曲活動に専念。交響曲や管弦楽曲、協奏曲や映画音楽まで、幅広いジャンルの音楽を作曲した。20世紀を生きたウォルトンだったが、時代の要素を取り入れつつ、比較的聴きやすい調性音楽を特徴とする。映画音楽のような要素も感じられる戴冠式行進曲「王冠」はいかにもイギリス的な1曲となっている。
ウォルトン:戴冠式行進曲「王冠」
また聖歌隊出身のウォルトンの代表作としては「ベルシャザールの饗宴」という作品がある。壮大で大規模な合唱曲は聖書の旧約聖書と新約聖書の「ヨハネの黙示録」を基にしたオラトリオ。イギリスの演奏団体を中心に録音も多数ある。
ウォルトン:ベルシャザールの饗宴
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