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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

変奏曲の魅力

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

数あるクラシック音楽作品の中でも変奏曲という形式には、作曲家の粋が詰まっている。

私自身ピアノをやっていた学生時代から変奏曲には特に魅力を感じていた。ロマン派の作品から何か自由に選んで演奏する、という試験課題の時はメンデルスゾーンの「厳格な変奏曲」を選んだ。周りは王道のショパンやシューマン、リストなどの演奏映えする楽曲を選ぶ人が多かったので、我ながら渋い選曲だったと思うが、メンデルスゾーンの一見した上品なイメージだけではない、底知れぬ熱情を湛えた名曲だと思う。近年録音も少しずつ増えてきているようで嬉しい。

icon-youtube-play メンデルスゾーン:厳格な変奏曲

icon-film 島田彩乃(2021.6.16プリモコンサートより)

https://vimeo.com/650226477

さて、先頃友人のピアニスト、島田彩乃さんも変奏曲をメインにしたサロンコンサートを開いた。彼女が講師を務める上野学園と楽器メーカーYAMMAHAの企画協力によるもので、場所はヤマハ銀座のコンサートサロン。教え子である坂原菫礼さんの演奏もあり、先生と生徒の共演を変奏曲というテーマで結ぶ、というのもなかなか粋である。

プログラムはハイドンのアンダンテと変奏曲、そしてバッハ=ブゾーニのシャコンヌ。そしてフォーレの主題と変奏、最後にシューマンの交響的練習曲。2曲目の「シャコンヌ」だけ坂原さん、後は島田さんの演奏。サロンコンサートではあるが、プログラム的には凝りに凝った意欲的な内容である。

桐朋学園からフランスのパリ高等音楽院やエコール・ノルマルなどの名門校で学んだ島田さん。自他共に認めるブラームス好きでもあり、ドイツのライプツィヒでも研鑽を積んでいる彼女は当然シューマンも射程距離に入ってくる。私は彼女のシューマンを聴くのは初めてで特に楽しみにしていた。

「変奏の綾」と題されたコンサートは通常より半数に座席を絞った贅沢なもの。しかし人数が少ない分、音の反響はダイレクトになる。サロンという比較的狭い空間でスケールの大きい曲が並んだプログラムゆえ、弾いている本人たちにとってはその音のバランスを整えるのが大変だったかもしれない。しかし多彩な音色を引き出す島田さんのタッチはいつもながら見事なもので、次のシャコンヌが重厚な作品なので、ちょっと重めの料理の前に、古典派のハイドンはまるで軽やかな前菜のように、爽やかな演奏で始まった。

icon-youtube-play ハイドン:アンダンテと変奏曲へ短調

続いては坂原さんの演奏で「シャコンヌ」。ご存知のようにバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番の中の終曲をブゾーニがピアノ用に編曲したもので、変奏曲の形式を用いている。坂原さんはブゾーニが編んだピアノ作品としての側面をより色濃くした演奏。前後に先生の演奏がある、というのは相当のプレッシャーだと思うが、決して物怖じしない演奏は丁寧に勉強している証拠である。

icon-youtube-play バッハ=ブゾーニ/シャコンヌ

続いてのフォーレはフランスの作曲家。「主題と変奏」は島田さんが学んだパリ高等音楽院の卒業試験曲としても有名で、もちろん彼女お得意のレパートリー。さすがに音楽が一番自然に呼吸している雰囲気が漂う。合間のトークで彼女自身が簡単な楽曲解説をしていたのだが、ずっと嬰ハ短調の調性を保っていた音楽が最後で同主調の嬰ハ長調となって終わるのは、同時期に宗教曲を多く書いていたフォーレの教会的なモティーフと言える。

icon-youtube-play フォーレ:主題と変奏

休憩を挟んでいよいよシューマン。島田さんにとっては学生の頃からずっと弾いてきて、コンクールでも良い結果を残してきた曲だそうで、手にしっくりと馴染んでいるという。確かにピアニストならば一度は挑戦したいと思う華やかな技巧が散りばめられ、シューマン特有の生き生きとした和音の連なりが、タイトル通り交響曲を思わせる豊かな響きを持つ。一方で詩情溢れる歌曲でも知られる、シューマンらしいロマンティックな顔も見せ、絶妙なバランスで彩られた傑作である。主題と12の変奏、版によってはこれ以外に遺作の5曲が追加され、これがまた得も言われぬ美しさを持つ。これをどこに挟むのか、というのも聴かせどころである。

icon-youtube-play シューマン:交響的練習曲

室内楽の活動も多い島田さんは、しなやかなピアノを弾く印象が強いが、その一方でしっかりとしたテクニックと深い音楽的解釈からくる構成力も相当のものだ。この大曲を一分の隙もない密度で弾き切って、息一つ乱れない。ほっそりとした体のどこにそんなエネルギーを秘めているのだろう。改めて優れたピアニストであることを思い知り、更に坂原さんの真摯な演奏を聴いて、彼女が教育者としても一流であることは今回の発見だった。またアンコールでは先生と生徒による連弾が微笑ましかった。

最後にピアノ以外の曲も含めて多くの変奏曲の名曲をいくつかご紹介しておこう。なかでもパガニーニは様々な作曲家がその主題にインスピレーションを得て変奏曲を書いている。

icon-youtube-play モーツァルト:きらきら星変奏曲

icon-youtube-play リスト:パガニーニによる超絶技巧練習曲第6番

icon-youtube-play ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲

icon-youtube-play ブラームス:弦楽六重奏曲第1番第2楽章

icon-youtube-play ブリテン:青少年のための管弦楽入門(パーセルの主題による変奏曲とフーガ)

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