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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

薔薇の季節のオペラ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

桜の次はバラの季節である。

スタジオのある半蔵門周辺はなんと言っても千鳥ヶ淵をはじめとした桜の名所ではあるが、紀尾井町辺りまで足を伸ばせば、ホテルニューオータニやプリンスギャラリーといった高級ホテルにもローズガーデンがあり、また皇居東御苑には四季折々に様々な花を見ることができ、その中にもバラ園がある。バラといえばプリンセスの象徴でもあり、その華やかさと芳しい香りにも高貴さが漂う特別な花だ。

そんな季節にふさわしいオペラこそ、リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」である。3幕からなる長大な作品は、ハプスブルク時代のウィーンを舞台にした貴族の男女の恋愛模様を描いている。

icon-youtube-play 新国立劇場オペラ「ばらの騎士」ダイジェスト

4月に新国立劇場でこの作品の上演があり、私は3日目の公演を観に行った。

今回のジョナサン・ミラーの演出では初演当時の世紀末ウィーンに時代設定しているが、物語のテーマである甘美な陶酔と諦観にはこの方が自然な気もする。奥行きのある立体的な舞台背景も印象的だった。

冒頭のホルンが高らかに鳴り響く。シュトラウスはミュンヘンの宮廷歌劇場の名ホルン奏者だった父を持ち、その作品にはホルンが重要な役割を担うことが多い。この導入部も奏者にとっては聴かせどころで、この日も非常に力強いホルンのユニゾンが聴けた。オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団。指揮はウィーン出身のサッシャ・ゲッツェル。余談だがこのゲッツェル氏、プロフィール写真を見るとちょっと俳優のブラッド・ピットに似ている。

さて、物語の中心となる登場人物は、元帥夫人とその若い恋人のオクタヴィアン、新興貴族の娘ゾフィーと、その婚約者で女たらしのオックス男爵。

第一幕は元帥夫人と若き貴族オクタヴィアンが一夜を過ごした朝から始まる。いきなり艶っぽい冒頭だが、オクタヴィアン役はメゾソプラノが担当することで、生々しくならず、どこか宝塚のように夢見る世界が展開される。実際、アレンジして宝塚歌劇でも上演されている。年下の恋人とのいつか訪れる別れと、年齢を重ねて衰えていく美貌にも愁いを感じる元帥夫人。…と言ってもここでいう元帥夫人はまだ30代前半という設定なのだけれど。

そこへオックス男爵が夫人を訪ねて来る。新興貴族の娘、ゾフィーと婚約したのでそのお祝いの使者として銀のばらを届ける「騎士」を誰にしたらよいか、と相談にきたのである。慌てて小間使いに変装したオクタヴィアンに、好色な男爵が色目を使う。夫人が「ばらの騎士」にオクタヴィアンを推薦したところで、物売りたちが入ってきて賑やかな場面となるが、やがて年下の恋人との別れを予感して歌う「元帥夫人のモノローグ」。そしてそれを打ち消すようにオクタヴィアンが懸命に愛を訴える二重唱。

ソプラノとメゾと声域は違うが、元帥夫人役のアンネッテ・ダッシュとオクタヴィアン役の小林由佳さんのやや硬質で清楚な二人の声質がかなり似ていて、この場面ではやや音質的には絡みづらいところがあった。だが、急な代役ではあったが小林さんの好演が全幕を通して光っていた。

第2幕では使者としてファーニナル家を訪れたオクタヴィアンとゾフィーの出会いの場面。銀のバラを献呈する場面で奏でられる、キラキラとしたチェレスタの響きがなんとも色彩的な音色だ。その調べはまさに恋の魔法となって二人に降り注ぐ。ひと目で恋に落ちた二人の姿が目撃されて、オックス男爵とオクタヴィアンが争いになるが、小間使いマリアンデルの名で受け取った手紙に、好色な男爵がほくそ笑んで歌うワルツがこのオペラの中でも最も有名な「ばらの騎士のワルツ」。なんと魅惑的な音楽だろうか。

第3幕では好色なオックス男爵が、安宿で小間使いマリアンデルに扮したオクタヴィアンに言い寄ったことで全てが明らかになり、元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーの3人の恋の行方が変化する。ラストには元帥夫人が自ら身を引き、若い二人を祝福することで、一つの恋の哀しくも優雅な終わりが訪れる。

私は番組でもたまたまカラヤンの「ばらの騎士」を取り上げていたので、往年の名ソプラノ、エリーザベト・シュワルツコップの演じる元帥夫人がノーブルの極みであまりに素晴らしく刷り込まれていたのだが、アンネッテ・ダッシュの、より清楚な元帥夫人も実に素敵だった。ラストが締まるかどうかは元帥夫人の存在にかかっていると言っても過言ではない。

コロナの影響で配役はこの元帥夫人以外、主要人物は日本人キャストとなったが、充分に観応えがあったのは日本人歌手の実力を証明している。

icon-youtube-play エリーザベト・シュワルツコップ」

劇場でのオペラ鑑賞、しかも「ばらの騎士」という華やかな演目に、着飾った女性のオペラファンも多く、休憩時のテラスは賑わいを見せていた。オペラ愛好家の友人K女史と張り切ってお洒落して出掛けたのだが、バラの花弁をイメージしたティアードのフリルのワンピースを着ていった私も、そろそろミニ丈のワンピースは限界か。元帥夫人と心は一緒である。

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