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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

新世代の指揮者クラウス・マケラ

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

私がクラウス・マケラの名前を知ったのは、ミュージックバードの担当番組「ニューディスク・ナビ」でその新譜を取り上げた時である。聞き慣れない名前は番組パーソナリティである山崎浩太郎さんの解説によると、フィンランド出身の20代の大変才能溢れる若き指揮者とのこと。長年ディレクターとして番組を担当していると、出演者が演奏家やその音楽に本当に心から感銘を受けて喋っているかどうかは、その口調や雰囲気でわかってしまうもので、このマケラについても山崎さんが心底感心していることはすぐにわかった。実際に私もマケラが指揮したオスロ・フィルのDECCAの新譜CDをサーバーに取り込むリッピング作業を行なっているのだが、その時にじっくりと音源を聴くことはできない。日々のルーティンワークを滞らせるわけにはいかないからである。シベリウスの交響曲をほんの少し聴いた限りでは非常に透明なバランスの良い響きが印象に残った。

icon-youtube-play クラウス・マケラ

その後、マケラはあれよあれよという間に世界の名門オーケストラとして名高いパリ管弦楽団、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者のポストが決まった。これだけの要職に就くということは、ただ若いスター指揮者を擁立したい、という関係者の思惑だけではなく、オーケストラからの信頼が非常に厚いことは明白である。20代そこそこの若者がこれだけの信頼を勝ち得るからにはその指揮がどんなものなのか、一度生で聴いてみたい、と誰しもが思う。すると近々東京都交響楽団の定期公演に登場するというではないか。早速情報を探してみると、都響とは既に4年前に共演しているそうで、その動画が都響の公式チャンネルにもあった。

icon-youtube-play 東京都交響楽団

2日間の公演は、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」と、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」がラインナップされていた。私は7月1日のサントリーホールでの公演、マーラーの6番を聴きに行くことにした。スケジュールの都合もあったが、私が最も好きな曲でもある。チケットはすぐに売り切れてしまったようで、購入できたのはラッキーだった。大編成の交響曲なので2階席が好ましいと思ったが、そこは早々に売り切れ。1階席の中央より少し右寄りだが、まずまずの席をキープ。マーラーと新鋭天才指揮者と在京オケの雄である都響、と役者は揃った。

満を辞しての金曜日。だが、この日の私は怒涛のスケジュールで通常仕事の他に六本木と新宿で用事が2つも控えていた。しかも気温は梅雨明けした途端に35度。動き回っているうちに汗だくになってしまい、このままサントリーホールに向かうのもなんだか気分が悪いので、六本木で着替えのブラウスを買ってしまった。余計な行動で時間もなくなり、タクシー移動でホールまで辿り着く。なんだかんだで散財だったが、それだけ楽しみにしていたのである。

休憩なしのコンサート。いつにも増してサントリーホールは噂を耳にしたコアなファンが多かった。期待で満ち溢れる会場の雰囲気はコロナを一瞬忘れてしまう。やがてマケラが登場。若いが堂々とした佇まいに自信を感じさせた。お辞儀をし、腕を振り上げる。

冒頭の不穏に刻まれるリズムと不安感漂うフレーズ。それにも関わらずなんと勢いのある指揮だろうか。音と音の密度は濃く、それでいて細部まで響きは非常に明晰。作品の細胞を拡大して覗かせるような音世界。時々聴こえる官能的なメロディーも過度にのけぞらない。この響きの中に身を委ねていると、マーラーの捉えどころのない複雑なフォルムも最後まで惑うことなく聴けてしまう。終始100パーセントのテンションで進めていく隙のない指揮も若さゆえの逞しさである。

そこにマーラー作品にありがちな鬱屈とした狂気のようなものは感じない。それはまさに26歳の指揮者の作り出すマーラーであり、現代的で筋肉質なマーラーだった。一昔前のマーラーブームにおける、作曲家の私生活を詳らかにするような、主観的で個人的な音楽ではない、楽譜の中にある音を純粋に掬い上げた演奏は潔くもある。しかし無駄に歳を重ねてしまうと、いつも知っているマーラーではない感じがして戸惑ってしまったのも正直な気持ちである。

ただこれだけオーケストラを見事に鳴らす能力にはやはり圧倒的なカリスマがあって、それは百戦錬磨の都響がまさに一丸となって打てば響くようにマケラの指揮に応えていたことからもよくわかる。演奏が終わった後の長い余韻は、会場がこの若い才能に魅入られた証拠でもあるだろう。

これからは彼の指揮するコンサートはチケットが入手しづらくなることは確実で、差し当たって次は名門のパリ管弦楽団との来日公演が控えているが、どうなることだろうか。また経験と年齢を重ねる中でマケラの音楽がどう変化していくのか、楽しみにしたいと思う。歴史に残るかもしれない指揮者と同じ時代に立ち会えている私たちは幸運である。

icon-youtube-play マーラー:交響曲第1番byマケラ指揮オスロ・フィル

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