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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

2つのレクイエム

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

コロナでほぼ2週間仕事を休んでいた私だが、実は本当に辛かったのは熱が出ていた3日間くらい。厚生労働省の方針も途中で10日から7日に待機期間が短縮された。3日以降は咳や怠さが残っていたものの、比較的回復が早かった私は7日経った時点で、保健所から自宅待機を解除してよい、との電話があった。

……ということは職場に出入りはできなくとも、それ以外は無罪放免である。その間にキャンセルせざるを得なかったコンサートがいくつかあったので、リハビリを兼ねてコンサートを聴きに行くことにしたのだが、偶然にもそれは2つのレクイエムを聴く機会となった。

仕事以外にもいろいろな予定をリスケしていたのだが、行きつけのマッサージ店も久しぶりに訪れた。最近担当してくれる人がラジオ好き、音楽好きということなのでちょっと話が弾む。クラシック音楽にも興味があるそうで、なかでも今、気になるのがヴェルディのレクイエムだという。確かに第2曲の「怒りの日」はインパクト大。レクイエムは死者のためのミサ曲だが、このヴェルディのレクイエムはティンパニが盛大に活躍するし、合唱もオペラ的で、魂を鎮めるというにはいささか賑やか過ぎるのは否めないが、そこがこの曲の人気の理由でもあるわけだ。最近では映画やCMでもこの「怒りの日」が使われるせいか、レクイエムといえばモーツァルト、という一般的な認知度が変わりつつあるような気もする。

icon-youtube-play ヴェルディ:レクイエムより「怒りの日」byムーティ

さて、ちょうどN響の定期公演の新シーズンが始まった。今季からファビオ・ルイージが首席指揮者に就任。これはちょっと聴きに行きたいと思っていた。プログラムは件のヴェルディのレクイエムである。イタリア人指揮者であるルイージがお国ものの作品を振る。しかも彼はメトロポリタンオペラなど歌劇場での指揮経験も豊富である。オペラ的な要素もあるこの曲はそんな彼にぴったりで期待が高まる。大規模な声楽曲を聴くのも、それこそコロナ禍では機会が少なかったので久しぶりだ。

私は東京芸術劇場で聴くルイージとN響の音がとても好きだったので、改修を経たNHKホールの音がどのようになっているのか、という点はちょっと気になった。それからNHKホールはどの駅からもかなり距離があるので、残暑と病み上がりの体調を考えると、これも少し不安があった。ここはひとつ体調を万全にして聴きたかったので、駅とホール間は少し贅沢してタクシーを利用。前後の仕事もないので珍しく開演20分前には会場に到着した。

細身な体から繰り出すダイナミックな指揮が持ち味のルイージ。イタリアの指揮者といえばかつての巨匠トスカニーニにも通じるドラマティックな側面と、同時に決して粗野にならない端正な音楽性。合唱の盛り上げ方も実に効果的で見事だった。ただやはり残念だったのはNHKホールの乾いた音響である。そのせいかソリストとのバランスは、これが東京芸術劇場だったらどんなに素晴らしかっただろう、と少し残念に思ってしまったのも事実である。

コロナのリハビリコンサート、続いては読売日本交響楽団の定期公演。こちらはドイツの指揮者、セバスティアン・ヴァイグレが振るブラームスのドイツ・レクイエムがメイン。前半はシュニーダーの「聖ヨハネの黙示録」が日本初演。これも個人的にかなり好みのプログラムである。実はこの日は午前中から千葉県の木更津で取材の予定が入っていたのだが、生憎の台風の中、何とか早目に切り上げ、夜7時のサントリーホールに滑り込んだ。初めて聴く「聖ヨハネの黙示録」もところどころ面白いリズムやフレーズがあったのだが、なんといっても後半のドイツ・レクイエムが素晴らしかった。

この曲はブラームスが自身の恩人であるシューマンの死に際して作曲を始めたということだが、途中中断もあり、結局は10年近くかけて完成をみることになる。もともとカトリックの典礼音楽であるレクイエムは通常ラテン語で歌われるが、ルター派のブラームスはドイツ語で書かれた聖書から歌詞をとり、レクイエムというタイトルではあるものの、典礼音楽としてではなく純粋に演奏会用作品として作曲したのである。ブラームスらしい重厚な美しい音楽は、コアなクラシック音楽ファンから人気の高い楽曲でもある。

icon-youtube-play ブラームス:ドイツ・レクイエムよりbyカラヤン

指揮のヴァイグレは東ベルリンの出身、これも安易にお国柄と言ってしまうのはあれなのだが、まさにそんな旧東ドイツの雰囲気を漂わせる、温かい木彫りのような趣の、敢えて言えば非常に朴訥な演奏。ドイツ・レクイエムは見事に緻密なポリフォニックな手法で書かれているので、カラヤンのように整然と華麗に聴かせることもできるわけだが、ヴァイグレはそれとは正反対の沁み沁みと味わい深い音楽を聴かせてくれたのだった。
コロナで心身ともに疲弊していた私にとって、演奏の最後の余韻も含めてこれは何よりも効いた。

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