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Column Feature Tweet Yoko Shimizu

響きのおもちゃ箱〜サイモン・ラトル& LSO来日コンサート

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。クラシック音楽ソフトのバイヤー時代にラジオにも出演。その後に制作会社を経て、現在はフリーのラジオディレクターとして番組の企画制作に携わる。番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど幅広く活動中。

実は5月に夫婦で会社を設立した。私たちは同業者なので、お互いフリーでやるより法人化した方が何かとメリットが多いと考えてのことである。

……というのは表向きの理由で、夫が仕事上、法人の方がやりやすい案件が多かったからで、そんなこんなでわりと慌ただしく会社設立に至った。まず初めに会社名を考えなくてはならなかったのだが、ネーミングセンスに自信のない夫はそれを私に丸投げしてきた。と言っても私もあまりアイディアがなかったのだが、好きなクラシックのアーティストは?と聞かれたので名前をいくつか挙げたら、「ラトル」という音の響きに夫が反応した。もちろん指揮者のサイモン・ラトルである。もともと〈Rattle〉にはおもちゃの「ガラガラ」といった意味がある。そこで「音にまつわる仕事を賑々しくやっていこう」という意味で社名は「株式会社ラトル」となったわけである。

そのサイモン・ラトルが来日するという情報が入ってきた。私は当然聴きに行くつもりだったが、ふと会社名を頂戴したからには代表取締役の夫も連れて行くべきではないか、と思った。同業者ではあるがジャンルが違うので、夫はクラシック音楽を普段はほとんど聴かないが、実はコロナ前に大阪に出かけた時に、やはりラトルの来日コンサートを一緒に聴きに行ったことがあった。その馴染みもあったのか誘ってみるとスケジュールも大丈夫だというので、珍しく夫婦でサントリーホールに足を運ぶことになった。

東京公演は2日間。その2日目のプログラムを選んだ。一番ヴァラエティに富んでいるので、初心者の夫でも飽きないだろう、というのと武満やバルトークが入っているのは私自身楽しみだったからだ。

サイモン・ラトルはイギリス、リヴァプール出身の指揮者。名前の通り、もともとは打楽器奏者だったというのが面白い。若くから才能を発揮して指揮活動を開始、20代でバーミンガム市交響楽団の首席指揮者に就任してから、イギリスの地方オケに過ぎなかったこの団体を世界有数のオーケストラへと育て上げた。バーミンガム市響には20年近く在籍し、私がラトルの指揮を初めて聴いたのはこの時代だった。その後アメリカデビューを飾り、最年少でナイトに叙勲される。そして2002年にはクラウディオ・アバドの後任としてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の芸術監督に就任。2012 年のロンドン五輪ではロンドン交響楽団を指揮し、世界中を沸かせた。ベルリン・フィル退任後はこのロンドン響の音楽監督を務めている。来シーズンからはバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任予定なので、この日本ツアーはロンドン響とのコンビでの最後の来日となる。

icon-youtube-play サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団

さて、そのプログラムはベルリオーズの序曲「海賊」から始まった。多くの人にとってあまり聴き馴染みのない曲だが、冒頭に持ってくるにはぴったりの曲で、元打楽器奏者であるラトルのリズム感が遺憾なく発揮されていた。一気にコンサートの流れが出来上がる。

続いては武満徹の「ファンタズマ/カントスⅡ」。ラトルは生前の武満とも親交が深かった。トロンボーン協奏曲でもあるこの美しい曲。若き奏者ピーター・ムーアの驚くべき巧さ。トロンボーンの音色がこんなにも抒情的だとは。この時も思ったが、日本人にとって武満の音楽は、お米の美味しさを味わうように、桜の花に想いを馳せるように、そのDNAを感じさせるような気がした。

そしてラヴェルの「ラ・ヴァルス」の色彩感! おもちゃ箱のように次々と現れる煌びやかな響き。ここでもやはりラトルの繰り出す指揮が、大オーケストラにも関わらず一音一音を拡大鏡で覗くようにはっきりと捉えられるのだ。

更に休憩後はガラッと変わってシベリウスの第7番の交響曲。単一楽章の中にシベリウスの心象風景とフィンランドの自然を凝縮した曲で、冒頭の低弦から一気に深淵の世界へと誘う。

気が付けば居眠りが危ぶまれた隣の夫もすっかり聴き入っている。

最後はバルトークの「中国の不思議な役人」組曲。バレエやパントマイムのための舞台音楽で、変拍子を多用した難しい楽曲である。しかしそこは抜群のリズム感を誇るラトルと、どんな曲にも柔軟に対応する高い技術と万能性を持つロンドン交響楽団が、この複雑なリズムを実に巧みに刻みながら、時に民俗的で原始的な顔を見せる音楽へ引き込んでいく。またラトルにとってバルトークは、コロナ禍で来日できなかった際、オペラ「青ひげ公の城」をライブ配信していることからもわかる通り、非常に思い入れの強い作曲家でもある。それにしてもこれだけの難曲を、大編成のオーケストラで見事にまとめ上げるラトルの力量を改めて感じる。

アンコールはフォーレの「パヴァーヌ」でしっとりと締め括られた。一見散見したようなプログラムだが、終わってみると実に流れが自然で、有機的な繋がりを持つ絶妙なバランスで飽きさせない。やはり肝は生き生きとしたリズムが印象的な曲が連なっていたことだろうか。

icon-youtube-play 来日メッセージ

ラトルは最後には日本語で挨拶した。初めて彼の指揮に接した時と比べると、白くなった頭髪はまるで羊のよう。人懐こい笑顔もチャーミングで、オーケストラが退場しても最後まで拍手がなかなか鳴り止まなかった。
このカリスマが指揮者に不可欠の素質であることは言うまでもない。彼の魅力にあやかって株式会社ラトルも前途揚々といきたいものである。

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