RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
東北の旅、後半は岩手県宮古市に向かう。秋田の湯沢を出て、大曲の駅までトッキーさんが車で送ってくれた。そこから盛岡まで小一時間新幹線で移動。盛岡からはレンタカーで宮古の浄土ヶ浜パークホテルを目指す。
ちなみに私は慌てて東京を出たので、スーツケースに出発当日詰めるべき服やメイク道具など、ちょいちょい忘れ物をしていた。湯沢での宿泊は個人経営の旅館だったので、アメニティが付いていなかったので、途中の大型ドラッグストアでタオルや上下セットのスウェットなどを現地購入。裏起毛のスウェットはパジャマにもなったし、旅のワードローブとして別々にも着用でき、かなり活躍した。このセットで800円とは昨今の物価高は幻なのだろうか?
うみねこ丸の船上
翌朝は少し早起きしてホテルから徒歩10分の浄土ヶ浜へ。宮古湾を一周するうみねこ丸へ乗船する。日差しは暖かいが、船が動き出し、風を受けるとかなり肌寒い。うみねこが船を追いかけるように飛んでくるのは、船上でエサとなるパンを販売していて、それを乗客たちが放るからなのだが、うみねこは実にうまいことキャッチして食べる。私もトライしてみたが手から直接パンを持っていく強者もいて、遠目には可愛らしいのだが、集団で頭上を飛び回られるとヒッチコックの映画「鳥」を彷彿とさせて、ちょっと怖い。
日本のジェノヴァ?浄土ヶ浜
それにしても浄土ヶ浜とはよく言ったものだ。「みやこブルー」とも称される海のブルーグリーンに輝く美しさと、湾の中にところどころ点在する荒々しい岩の自然な造形はさながらオペラの舞台背景のようではないか。そういえば先日、新国立劇場で観たオペラのゲネプロの演目はヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」だった。これは海洋国家ジェノヴァを舞台に元海賊で平民派の総督となった男シモンが、25年前に別れた娘と再会し、反乱分子に盛られた毒で瀕死の状態になりながらも、貴族と平民の和解を実現する、という物語。ジェノヴァに行ったことはないが、写真を見ると湾の雰囲気がどこか浄土ヶ浜に似ているような気もする。
ヴェルディ:歌劇「シモン・ボッカネグラ」よりby新国立劇場
少し早めにホテルに戻り、智恵ちゃんはオンライン会議、私は書き仕事をしながら同じホテル内で行われるみやこハーバーラジオの開局10周年記念パーティーまで時間を過ごした。18時半過ぎに身支度を整えて会場であるフロアまで降りていくと不思議と人気がない。受付に誰も立っていないのでおかしいと思ったら男性が一人会場から出てきて「もう始まっています…」と申し訳なさそうに言う。そう、我々二人は開始時間を1時間勘違いしていたのである!
今回二度目の大遅刻である。蒼ざめて慌ててお詫びするも時既に遅し。しかも気楽な立食形式かと思いきや、席次が用意されているところをみると、結婚披露宴などと同様にきちんとしたセレモニー形式であることが判明。何はともあれ、主賓のご挨拶がいったん終わったところで後ろからソロソロと着席。なんともばつが悪かったが、局の方々にも平謝りしつつ、取材でお会いした様々な方にも直接対面でご挨拶できたのでとても良い機会だった。しかも浄土ヶ浜パークホテルの食事の美味しいこと。私はショップで販売していたスモークサーモンとバウムクーヘンが気に入って、オンラインで販売していないかチェックしたが、残念ながらバウムクーヘンは現地でしか購入できないようだ。これはまた訪れるしかない。
浄土ヶ浜パークホテル
旅の最後の楽しみは岩泉のレールバイクである。廃線になってしまったJR岩泉線片道3キロをレールバイクで往復するアクティビティ。天候にも恵まれ、サイクリングには持ってこいの陽気である。前日に宮古市内のヤギミルクを使った珍しいパティスリーに寄ったのだが、そこで山羊の顔をプリントしたお洒落なTシャツを購入。運転中はこれを身に付ければ汗をかいてもOK。旅のワードローブはほぼ現地調達で賄えたといえる。3キロの道のり、往路は下りだが、復路は上りでやや体力が必要と聞いたが、思ったよりキツく感じなかったのは、世田谷の自宅から半蔵門まで自転車で通っていた時期もあったので、昔とった杵柄とやら? でも期待したダイエットになるほどではないだろうな。
さて、自転車の愛好家として知られるのが、イギリスの作曲家、エルガーである。産業革命を経てイギリスで改良された自転車は1900年代には世界中に輸出されるようになる。この時代に活躍したエルガーは「威風堂々」や「愛の挨拶」など、お馴染みのメロディーがあちこちで使われているので、ご存知の方も多いだろう。楽譜や楽器店を営む家庭に生まれ、地元でヴァイオリンや指揮などの仕事を細々と続けていたが、徐々に認められるようになり、1899年の「エニグマ変奏曲」初演で注目を浴びたのは、エルガー42歳の時であった。
深まる秋の季節に、どこか懐かしさも感じられる第9変奏「ニムロッド」の美しい弦楽の響きがぴったりだ。
エルガー:エニグマ変奏曲より第9変奏「ニムロッド」
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