

RADIO DIRECTOR 清水葉子
音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。
夏はまだまだ終わらない。今年のお盆期間は10日間ほど実家に滞在していたのだが、その間も二つのコンサートに出かけた。一つはハーディングと都響によるサントリーホールの定期演奏会で、初日の公演で地震が起こるというハプニングがあったにも関わらず、素晴らしい熱演だった。もう一つはいつもと趣向を変えてビルボード横浜で行われたピアソラのライブ。
奇しくも私の祖父は昔、仕事でアルゼンチンに長く滞在していたことがあり、帰国後は現在の練馬区の実家で、よくアルゼンチン・タンゴのレコードを聴いていたという。そのせいか夏といえばやはり気分的にピアソラを聴いてみたくなる。横浜まではちょっとした小旅行といってもいい距離になるが、19時からのライブに合わせて16時半頃実家を出た。
ビルボード横浜を訪れるのは実は初めて。東京の会場は六本木のミッドタウン内にあり、何度か訪れたことがある。ライブハウスは食事をしながら肩肘張らずに音楽を楽しめるのが良い。もちろん音響の整ったコンサートホールも素晴らしいのだが、当然音楽に集中することが求められる。特に暑い季節には、この集中するということ自体が脳の疲労度を増大させる。ライブハウスはそんな時にもぴったりの選択である。特にビルボードは食事も充実していて、レストランと同様に楽しめる。座席の種類によってセルフ形式とオーダー形式が異なるが、今回私はオーダー形式のデラックスカウンター席を選んだ。カウンター席は一人でも気軽だし、はるばる練馬からやってきたので食事もある程度ちゃんとしたい気分だったのである。ビルボード横浜はみなとみらい線馬道駅から直結で入口に到着できるので、この日も猛暑だったがクールに予約していたスマホでチェックインを済ませ、会場に入る。
ビルボード横浜
「三浦一馬とElectoric Sextet」という今日の公演。クラシック音楽のレパートリーとしてもスタンダートとなったピアソラ作品を、世界的バンドネオン奏者、ネストル・マルコーニの弟子である三浦一馬と、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の名物コンサートマスターの石田泰尚、そしてジャンルを超えた若手ミュージシャンとのアンサンブルで聴く。人気アーティストの揃い踏みとあって女性客でいっぱいである。
席に着きメニューを開くと、ライブの内容に合わせたオリジナルカクテル「リベルタンゴ」が目に飛び込んでくる。気分を盛り上げるにはやはりこれだろうか。周りを見渡しても圧倒的に「リベルタンゴ」をオーダーしている人が多い。……とはいってもお酒を飲めない私はノンアルコールバージョンで。カンパリをベースにスイートベルモットとブラッドオレンジを入れたカンパリ・オレンジのカクテルは見た目にも鮮やか。口当たりもさっぱりとして美味しい。でも、よく考えたらカンパリはイタリアの代表的なカクテルだから、南米っぽいモヒートとかピニャ・コラーダとかの方が気分的には近いのでは? と思ったりもしたが、ピアソラのルーツは実はイタリアで、そこで今回のようなElectoric編成のプロジェクトもあったということなので、なかなか深い意味があるようだ。食事はあらかじめ予約できる詰め合わせのお弁当のような「グルメ・アンサンブル」なるものもあり、人気を博していたようだが、私はパスタが食べたかったので「よこはまナポリタンプレート」をオーダー。ローストビーフが添えられていてなかなかのボリュームである。食事を終えたところでライブが始まった。

オリジナル・カクテル「リベルタンゴ」(ビルボード横浜HPより)
三浦一馬さんには以前少しだけ仕事でご一緒させていただいたことがあり、音楽的才能はもちろんだが、実に礼儀正しく、好青年ぶりに感動した。特にコロナ禍を経てからの活躍は目覚ましく、あちこちで引っ張りだこである。自身の楽団を結成したり、クロスオーバー的な活動も多いが決して薄味にならず、一つ一つのプロジェクトに全力投球なのは音楽への真摯な姿勢と誠実な人間性を感じさせる。バンドネオンという楽器は日本人にとって学ぶべき見本がこれまでほとんどなかった。彼は単身アルゼンチンに渡ってネストル・マルコーニの指導を仰ぎ、ほぼ独力で現在の道を切り拓いたのである。
リベルタンゴ(三浦一馬オフィシャルより)
この日のライブは個性派のヴァイオリニスト、石田泰尚さんの演出(?)もあって、やんちゃな兄貴をなだめるようなパフォーマンスも繰り広げられて、終始笑いが絶えない楽しい雰囲気だった。しかし、エレキやドラムが入ったアンサンブルでも三浦さんのバンドネオンの凛とした音は健在で、時にヴァイオリンとの丁々発止がとてつもなくカッコよく、アンコールはカクテルと同じ「リベルタンゴ」で締め括られ、なんとも素敵な夏の夜となった。
食事代はテーブルにいながらスマホで会計することができるので、帰りには伝票を受け取るだけでスマートに退場。これからもちょくちょくスケジュールをチェックしたいビルボードライブである。
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