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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

西洋音楽が見た日本

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

ぐっと肌寒くなってきた。仕事が少し落ち着いているこの時期、私もコンサートや観劇に行く機会が多くなっている。ただ日々続々とコンサート情報が出てくるので、気が付くとチケットが完売だったり、慌てて残り少ない席を押さえたりすることもしばしばである。今月はスケジュールとコンサートの予定をパズルのように組み合わせている。

そういえばユジャ・ワンの来日公演がSNSでも話題だったが、チケットを取りそびれてしまったのを激しく後悔した。あのファッションを見るだけでも価値があるというのに! ひと月ほど先の話だが、サイモン・ラトルとバイエルン放送交響楽団はピアノのチョ・ソンジンとの共演を是非とも聴きたかった。しかしそれも早々に完売してしまい、何とかNHKホールでのオーケストラ単独公演を押さえたものの、無念。人気ソリストとの共演は競争率が高い。そこでフランクフルト放送交響楽団とショパンコンクール覇者、ブルース・リウの共演こそは、と、普段はあまり行き慣れない所沢ミューズホールのチケットをかろうじてゲット。Googleカレンダーに予定を入力してその日を楽しみにしていたのだが…。

土曜日の16時頃、いそいそと身支度を整えチケットを封筒から出してみると…なんと開演時間14時となっているではないか! すっかり19時からと勘違いしていた私。既にGoogleカレンダーに入力した時点で19時と間違えていたので、リマインダーも作動せず。痛恨のミスでS席16700円を無駄にしてしまった。

所沢ミューズホールのチケット
所沢ミューズホールのチケット

ショックで白髪が増えそうだったが、翌日の東京芸術大学奏楽堂での公演に気を取り直して出かける。几帳面な友人E女史と一緒なので、前日のようなミスはあるまい。今年は「上野文化塾」というポッドキャスト番組を担当したので、日本の音楽史の中心でもある奏楽堂という会場にも感じるところがあった。

ここで行われる〈藝大プロジェクト〉は「西洋音楽が見た日本/日本が見た西洋音楽」という2回シリーズ。第1回は「西洋音楽が見た日本」でプログラムはミヒャエル・ハイドンによる音楽舞台劇「ティトゥス・ウコンドン、不屈のキリスト教徒」。日本が鎖国している時代にヨーロッパでは日本のキリシタンを題材にした〈日本劇〉がいくつも上演されていたらしい。初めて知ったが驚きである。フランシスコ・ザビエルによってもたらされたキリスト教は日本でも多くの信者を獲得したが、ご存知の通り幕府のキリシタン弾圧など、その歴史には悲劇的な事実が存在する。それらは海を渡ったヨーロッパでも伝えられ、遠い東の国日本のキリシタンの姿は、カトリック教徒たちの共感を呼んだというのだ。

ミヒャエル・ハイドンはヨーゼフ・ハイドンの弟であり、同時代の作曲家モーツァルトは彼の作品を敬愛していたことから、この舞台劇を通じて日本を知っていた可能性があるという。西洋と東洋が出会う歴史の中に、こんなにもはっきりと日本という国が刻まれていることに少なからず感動を覚える。

icon-youtube-play ミヒャエル・ハイドン:ディヴェルティメント

ストーリーは日本の首都「メアコン」が舞台。戦果を上げた武将ティトゥス・ウコンドンが「何か望みを」と問われ、「キリシタンの民に恵みを」と答えたため帝の逆鱗に触れる。それをきっかけに政敵の罠に嵌められ、ついには妻や子どもたちと殉教を考える…。

このウコンドンのモデルがキリシタン大名の高山右近であることは名前から想像に難くない。帝は「ショーグンサマ」、施薬院全宗は「ヤクイン」、など日本語の響きをデフォルメした名の登場人物。「メアコン」は恐らく都(みやこ)? 狂信的なウコンドンのキャラクターも正義というより、もはやパラノイア。彼を制止する仲間たちや、最後の歪なハッピーエンドなど、現代の感覚からすれば善悪の焦点が合わないのだが、エピソードに散らばる日本的なエッセンスや、それらを布教活動に落とし込んだイエズス会の意図はよくわかる。ここは時代の空気を感じつつ、貴重な歴史作品の再上演に立ち会っている、という意識で鑑賞するべきだろう。

それでもこの作品を俯瞰することで見えてくるものは多い。あまりにも強い信仰心は戦時下の玉砕や、オウム真理教事件を彷彿とさせるし、断絶から生まれる残酷な結果は、現代社会にも大いに通じるところがある。簡素でありながらダンスや打楽器を巧みに取り入れた演出が、2024年を生きる我々に歴史の答案を提示してみせてくれる。

西洋音楽が見た日本
西洋音楽が見た日本

実に250年を経ての復活上演、企画構成はコントラバス奏者で、音楽評論家やプロデューサーとしても活躍する布施砂丘彦さん。古楽をベースとしながら、現代音楽やダンス、演劇にも造詣が深い彼はミヒャエル・ハイドンにも並々ならぬ愛情があるようだ。合唱指揮はアントネッロでもお馴染みの中山美紀さんが名を連ねる。加えて秀逸なデザインのポスター、明解な作品解説、ダンサーや俳優の見事なパフォーマンス。藝大に集まる才能とそのネットワークが結集して作られた興味深いプロジェクトは、第2回の「日本が見た西洋音楽」で是非ともコンプリートしたい。

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