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Dilemma

Column Feature Tweet Yoko Shimizu

ラジオディレクターの出張旅行〜能登半島編

YOKO SHIMIZU COLUMN


ラジオディレクター清水葉子コラム

清水葉子COLUMN
RADIO DIRECTOR 清水葉子

音大卒業後、大手楽器店に就職。その後制作会社を経て、フリーのラジオディレクターとして主にクラシック音楽系の番組企画制作に携わるほか、番組連動コラムや大学でゲスト講師をつとめるなど多方面に活躍。2022年株式会社ラトル(ホームページ)を立ち上げ、様々なプロジェクトを始動中。

久しぶりの出張で能登半島へ。防災番組を担当しているので、被災地や地方のコミュニティFM局を訪れて取材することは度々あるのだが、予算の関係上、そうそう出張費が出るわけでもなく、今回は自腹である(トホホ)。

それでも能登半島を訪れることにしたのは、未曾有の震災があったこの土地に番組として直接取材をしていないことに、後ろめたさに似た気持ちがずっとあったから。それに今回は超多忙な番組コメンテーター、目黒公郎先生のスケジュールが奇跡的に取れたこと。相棒でMCの黒瀬智恵ちゃん、いつも番組の裏方として協力してくれている日本SDGS防災機構の小倉みどりさん、東京海上日動で防災対策推進室の責任者を務める鵜飼章弘さん、現地の能登町と以前から関わりの深いコーディネーターの野村昌子さんと総勢6名で、のと里山空港へ到着した。

まだまだ暑い9月、レンタカーを借り、まずは漁港としても有名な宇出津へ。ここは荒々しい「あばれ祭」でも有名だ。野村さんが、地盤沈下して亀裂の入った港の護岸や、水位の上がった川などをアテンドしてくれた。祭りを通じて密接な人間関係を築いている宇出津の人々は、被災時には自主的に物資を持ち寄り、協力しながら避難生活をしていたという。こうした地区ごとの自治は、平時から公民館を中心に成り立っており、有事にも災害ネットワークとして発揮されていたというわけだ。こういう話を聞くと、同じマンションの隣の人でさえ、顔と名前が一致していないような都会のコミュニケーションが、いかに希薄なものか思い知らされる。

宇出津港の護岸の亀裂
宇出津港の護岸の亀裂

ランチをご一緒したのはGOENというチームの地元の男性3人。それぞれ別の職から現在はフリーの「木こり」として仕事をする彼らは電線に引っかかった樹木を安全に処理するなどの特殊伐採を行う。その中で能登半島地震を経験。「木こり」の仕事はそのまま震災復興のための活動に直接結びついていった。また自然遊びのレクリエーションを企画、地域を活性化させる活動も行っている。若者たちの素晴らしい志に心打たれた。

続いて震災の爪痕の残る能登町鵜川へ。海に近い所では液状化現象もあり、家屋の倒壊がそのままにされているところもあった。ここには震災直後にリモートでインタビューした菅原神社があった。残念ながら宮司の梅田さんには直接お会いできなかったが、公民館で被災時の状況を詳しく聞く。災害直後には空き巣の被害も多くなるが、日頃からお互いの顔を知っている集落では見知らぬ人間はすぐに気付く。顔の見える関係は防犯にも役立つのである。

公民館にて
公民館にて

さて、この日は北陸の一番北のコミュニティFM局、ラジオななおに行く予定になっていた。やはり震災直後にインタビューした局員の中川晋さんや、パーソナリティーの車吉章さんもお住まいの富山からわざわざ七尾まで駆けつけてくれた。視察の様子をスタジオで座談会収録。とても実り多い取材となった。

ラジオななおにて
ラジオななおにて

再び宇出津へ戻り、国民宿舎うしつ荘へチェックイン。夜は海の幸をふんだんに使った紅寿司へ。地元のリーダー的存在、かっちゃんこと小川勝則さんに「あばれ祭」の話を聞く。宇出津の人は盆と正月に帰らなくても祭にだけは帰ってくるという。あばれ祭を語るかっちゃんの瞳はきらきらと輝き、一段と話に熱がこもる。彼らにとっての特別な存在がキリコと呼ばれる巨大な灯籠だ。これを担ぐことが彼らの栄誉と誇りであり、仲間同士を強い絆で結びつけ、地域コミュニティを作る。人々のこうした繋がりが防災における何よりも大きな柱になっているのを感じた。

icon-youtube-play あばれ祭

その後、昼間のGOENのメンバー、いくちゃんこと脊戸郁弥さんのお母さんが営むスナック「楽苑」へ。つい数日前に誕生日だった目黒先生のお祝いをする。皆でハッピーバースデーを歌い、最後は目黒先生の美声で聴く“Piano Man”に酔いしれる。奇しくも土曜日の夜「It’s nine o’clock on a Saturday」で始まるこの歌はぴったりだ。若き日にバーで弾き語りをしていたビリー・ジョエルの実体験から書かれたこの曲は、酒場に集う人々の様々な人生模様が歌われている。能登町の夜はこの日少し気温が下がり肌寒いほどで、空には月が輝いていた。

icon-youtube-play ビリー・ジョエル「ピアノ・マン」

翌日は最も地震の被害の大きかった珠洲市で震災ツアーに参加。まだ手付かずに残っている壊れた橋や家屋、隆起したマンホールは地震の揺れの大きさを物語っていた。ここにも震災直後にインタビューした地元の温泉、宝湯があった。ツアーの案内は宮口智美さん。まだ仮設住宅にお住まいだそうで、安全な広い土地が少ない能登半島の難しい事情を考える。

珠洲市の隆起したマンホール
珠洲市の隆起したマンホール

さて能登の人たちが持つ、故郷への想いと誇りをクラシック音楽になぞらえると、それは国民楽派の音楽かもしれない。19世紀は半ばから20世紀初頭にかけて、自国の民謡などを素材にした民族主義的な音楽を作った作曲家たちを総称してそう呼ぶ。チェコでは「モルダウ」で有名な連作交響詩「我が祖国」を作曲したスメタナ、アメリカに渡り、祖国を想いながら交響曲第9番「新世界より」を作曲したドヴォルザークなどがいる。

この「新世界より」の第3楽章の〈スケルツォ〉はどこか祭囃子的な管楽器の響きとリズム、また第4楽章〈コン・フォーコ〉は「火のように激しく」の意味。能登の人たちの祭にも通じる熱い音楽だ。ドヴォルザークの作品は時に哀愁を帯びた美しいメロディーが顔を出し、初秋の空気を感じさせる。

icon-youtube-play ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

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