(情報提供: BEATINK)
(Photo by Mark Allan)
音楽好きにはライヴになかなか行けなくてつらい日々が続いているけれど、いま、ブラック・カントリー・ニュー・ロード(以下BCNR)のライヴが直に観られないことを残念に思っているひとは多いのではないだろうか。自分もそのひとりだ。ライヴがものすごいという話題のニューカマーだからこそ、まさにこの瞬間に味わいたいものである。
だから、すでにメディアから絶賛されているデビュー作『For The First Time』のリリースを記念した配信ライヴがおこなわれたのは、日本のリスナーにとっても嬉しいことだ。会場は、ロンドンの歴史あるコンサート・ホールであるクイーン・エリザベス・ホール。世界同時に体験できるライヴだからこそバンドも気合が入っているはずだし、わたしたちにとってもそれをリアルタイムで体験できる機会となった。
(Photo by Mark Allan)
開始時刻になりステージ上のメンバー7人が映し出されると、画面に「Mark‘s Theme」と表示され、ルイス・エヴァンスによる穏やかなサックスの演奏がフィーチャーされる。何でも彼の叔父への追悼だそうだが、奇しくもこれから始まるライヴへの期待をじわじわと高める序奏となった。そして、固いスネアの打音が速いテンポで叩きつけられると、アルバムのオープニングを飾る「Instrumentals」。各パートがミニマルな反復を続けることで催眠的なグルーヴを生み出す曲だが、ライヴではとりわけ音圧がすごい。この辺りはBCNRがハードコア~ポスト・ハードコアの系譜にあるとされるポイントで、ライヴになるとそれがむき出しになる印象だ。と同時に、サックスのエヴァンスとヴァイオリンのジョージア・エレリーが先導する、ユダヤの伝統音楽クレズマーの要素がそこに入ってくるのがBCNRのユニークなところ。さらに2拍3連のユニゾンによるマス・ロック的な構築美と、アフロビート的な奇数を意識させるリズムが相まって、熱狂的なうねりを生み出していく。もう、 強烈にダンサブル! はじめ机に座ってPCの画面を眺めていた自分も、立ち上がって身体を揺らさずにはいら れなかった。
(Photo by Mark Allan)
BCNRは含まれる音楽的要素の多様さから特定のカテゴリーに収められない存在だが、まさに彼らの多面性を 目の当たりにできるライヴだった。続く「Athens, France」ではポスト・パンクを思わせるソリッドなギター・サウンドが展開され、かと思えば「Science Fair」では中盤サックスが暴れ出してフリージャズを思わせる不協和なカオスが出現する。吐き捨てるよう なアイザック・ウッドのヴォーカルは醒めた感覚があるが、音源よりも情熱的に聞こえる。そしてライヴの中 盤、バンドの代表曲でもあるシングル「Sunglasses」は、序盤の叙情的なムードから後半のアンサン ブルの果てしない高まりへと登りつめ、ライヴのハイライトを生み出していた。徹底してエクスペリメンタルで はあるが、BCNRは知的興奮以上に感覚的な高揚を実現するバンドであることがよくわかる。
(Photo by Mark Allan)
(Photo by Mark Allan)
客席に(ソーシャル・ディスダンシングで)いた人びとが、なんと コーラスに参加しポスト・クラシカルな要素を覗かせた「Track X」、再びクレズマーのエクスタティックなダンスを召喚した「Opus」と、ライヴ後半も弛緩することなく見せ場を作っていく。ラスト2曲はアルバム未収 録曲が披露されたが、思いのほかフォーキーな親密さがあった「Bread Song」、モグワイのような轟音で音の壁を出現させた「Basket Ball Shoes」と、BCNRの音楽的な懐の深さを最後まで見せつけた。後者はポップ・シンガーのチャーリーXCXのセクシーな夢を見たという内容のシュール な歌詞の曲だが、それがこのような激しいサウンドでかき鳴らされるところもBCNRの謎めいた魅力のひとつ と言えるかもしれない。
(Photo by Mark Allan)
長さにして約1時間強、BCNRが貪欲な音楽的探求心と驚異的なアンサンブルを持った存在であると、余すこ となく伝わってくるライヴだった。オーディエンスが会場にいれば、さらなる熱狂が生み出されただろうことを 思うと現在の世界的な状況は残念だが、未来に楽しみができたと考えることにしよう。この計り知れないポテン シャルを抱えた新星のライヴを、自らの身体で体験できる日が来ることを願っている。
Text by 木津毅